クロエは店の混乱を見て苦笑いする。
「ティア嬢、これが王都メソン島の観光パンフレットです」
クロエは折りたたまれた一枚の地図をティアに手渡した。
ティアは早速広げてみる。
ご丁寧にオススメの店などが手書きで書き込まれている。
クロエは地図を見ながら説明する。
「宿泊先はメソンで最高級の宿を取っております。その他に、私のオススメのお店や、店の女性店員のオススメなども書き込んでおきました。こちらを参考に観光していただければ!」
ティアはパァァと瞳を輝かせた。
「ありがとうございます!! でも、イディオスは観光は嫌ですよね? 先に宿に行ってもらえますか? 私はキュアノスと一緒に散歩してきたいと思います」
イディオスはメソンに来ることすら嫌だったのだ。これ以上付き合わせてはいけない、そう思ったティアは心配かけまいとニッコリと言う。
「では、私がご案内いたしましょうか? 初めての町は心細いでしょう」
クロエが申し出る。
「良いんですか? ご迷惑では……」
「良いんです。今後のためにもなりますし」
「ではお願い――」
言いかけたティアの肩をイディオスが抱いた。
「俺が案内します」
そう言い切り、クロエを睨む。
その形相にクロエはたじろぎ、後ずさった。
「でも、イディオスは注目を浴びて嫌でしょう? 私、嫌な目に遭ってほしくないの」
ティアの言葉に、イディオスはキュンとした。
今までの女たちは、なにかとイディオスを見せびらかし歩きたがった。まるで珍しい宝石かのように。
人として扱われていないようで、イディオスは不快だったのだ。
「あなたとなら別だ」
イディオスが微笑んだ。
無表情がデフォルトの冷徹王子の微笑みに、周囲は息を呑む。
「本当に? 無理してないですか?」
「無理してない。俺がティアと一緒にいたいだけだ。もしかして、俺では不満か?」
自信なさげな瞳を向けるイディオスに、ティアは子犬の幻影を見てふらついた。
「いえ、そんなこと……」
ふたりの初々しいやりとりに、店の中が甘い空気で満たされる。
「はいはい、そういうのは外でお楽しみください!」
クロエが苦笑いしながら、店のドアを開けた。
「そう言うのって?」
ティアは小首をかしげる。
「恋人同士のイチャイチャですよ」
クロエはそう言うと、ふたりを店から追い出した。
店の前でふたりは顔を見合わす。
こ、恋人!? 恋人に見えるの??
ティアは熱くなる頬を押さえ、イディオスを見る。
イディオスもティアを見て、頬を赤らめた。
「へ、変な誤解されちゃって、ごめんなさい」
「いや、俺は気にしない。……それより、さぁ、行こう」
イディオスは気まずそうに言いながらも、ティアの手を取った。
「メソンの町は迷宮みたいだからな、迷子になってはいけない」
たしかにメソンの町は迷路みたいだ。小高い丘にびっしりと白い家が連なっている。
坂も多く、小道も多い。栄えているだけあって、人も多かった。
ティアは大人しく頷いた。
イディオスは満足げにギュッと小さな手を握りしめた。
クロエの店ではふたりが出かけたところを見計らい、ショーウインドーの陳列を変えた。
今、ふたりにプレゼントした服と同じ物を並べたのだ。
それを見て、店内にどっと人の波が流れ込んできた。
「イディオス殿下と同じジレを見せてください!」
「女の子が履いていたブーツは!?」
「あんな色の皮は初めて見る」
クロエの店のものたちは、ニンマリと笑い嬉々として説明を始めた。
「あのお色はドラゴン特有のものでして……『ラブロ・ドラコ』という名で展開しております」
「ドラゴン!? そんなものの皮が手に入るのか!?」
「脱皮した皮でございます」
「しかし、やっぱり高い……こんなのは貴族にしか買えないな……」
ガッカリとする人々に、次々と商品を広げる店員たち。
「同じ色のものは高価ですか、色違いであれば、素材違いでご用意できます。また、ドラゴンの皮を部分的に使用したシリーズはこちらに……」
賑わう店内を見て、クロエは満足げに頷いた。
イディオスの身に着けるものは当然注目を浴びる。そしてこれは、そんなイディオスに並んでも引けを取らないティアがいてこそこそできた戦略だった。
イディオスの側にいても美しく見える製品であれば、令嬢方はこぞって欲しがるだろう。
同じものを着ければ、目にとめてもらえるのではないかと、夢を見る。
「良い広告塔になってくださると思っていました。恋人たちのデートをゆっくり町中に見せつけてくださいね」
クロエは微笑ましいカップルを思い出し、思わず頬が緩んだ。