ドラコーンの城で、ティアはエリシオンの商人プロトポロス商会のクロエと面談することになっていた。

 クロエは、ループ前の人生で、ドラゴンの皮をティアに献上した商人である。
 戦争が始まる前までは、エリシオンとも交流があったのだ。
 ティアが大聖女になってから、周辺各国の人々まで大聖女にあやかりたいと、教会にやってきていた。

 クロエはティアを指名し寄付や献上をした支援者のひとりだった。そんな理由から、一般男性でありながらも、ティアにとって怖くない相手だった。
 ループ前のティアは彼に何度か助けられた。できれば恩返しをしたいと思っていたのだ。

「はじめまして、ティアと申します。竜の谷で治療師として働いています」

 溌剌と挨拶をする少女に、クロエは目を奪われた。ピンクサファイアのような瞳が眩しい。
 ティアの肩には仔ドラゴンが乗り、背後には美しすぎる竜騎士が無表情で立っている。

 クロエは男でありながらも、イディオスの美しさに見蕩れ、生唾を飲んだ。
 イディオスを初めて見たものは、例外なく同じ反応を見せる。老いも若きも、女も男もだ。
 違ったのはティアだけである。

 この方が、噂の「人を愛せない竜騎士」イディオス殿下か。しかし、ティア嬢も美しさでは引けを取らないな。

 クロエはそう思い、ティアをマジマジと見る。

 するとヒンヤリとした気配がイディオスから感じられた。彼の背には、吹雪が吹雪いているような幻覚すら見えた。敵愾(てきがい)心をあらわにクロエを睨む。

 初対面のはずなのに、なんでこんなに冷たい顔を?

 クロエはその異様な様子に驚きつつも、表情には出さずに挨拶する。 

「プロトポロス商会のクロエです。商人たちのあいだで、最近ドラコーンに変化が起こっていると噂になっていました。あなたのことだったのですね。お会いできて嬉しいです」

 茶色い天然パーマの髪はスッキリと刈り上げられている。
 深く落ち着いた声色、野心的な目を持った若い男である。

「私もお会いできて嬉しいです。まさか代表が来てくれるとは思いませんでした!」

 ティアは懐かしさのあまり、ルンルンとして握手を求めた。
 クロエは目を見開き、小さく笑い、その手を取った。可愛らしいと思ったのだ。
 すると、その瞬間、ティアの後ろの男から刺さるような視線が向けられ、慌てて手を離した。 

 イディオスは挨拶しない。そもそも人嫌いの彼は、他人に関わらない。

「それにしても、私が代表だとなぜご存知だったのですか? 主だった仕事は別の者にやらせているのですが」

 ティアはギクリとする。ループ前の知識で当然のように思っていた。

「……いろいろと情報網があるのです」

 ティアは悪女顔を作って答えてみた。なんとなく、悪女ならそうするだろうと思ったのだ。
 しかし、内心はドキドキである。

 クロエの胸はドキリと高鳴った。
 しかし、そこは商人である。値踏みするようにティアを見て、納得いったかのように微笑んだ。

「詮索はいたしません」
「ありがとうございます。それではお仕事のお話を致しましょう」
「はい。お手紙で頂いたお話ですが。ドラゴンの皮で作ったブーツがあるというのは本当でしょうか?」
「はい、今イディオス殿下が履いているものです」

 クロエはイディオスの足もとを見た。
 白く輝くロングブーツである。乗馬用のブーツのためデザインは無骨だが、光沢がありしなやかだ。白いブーツなど初めて見たため、クロエは頬を紅潮させる。
 思った以上に美しいものだったからだ。

 今まで見つかったドラゴンの皮は状態が悪く、見た目も悪かった。
 そんな物でブーツを作っても商品価値はないと思っていたのだ。
 しかし、手紙に添えられていた皮の切れ端があまりにも美しく、本物があるのならとここまで来たのだった。

「美しいですね」
「しかも、防水で頑丈。冬は暖かく、夏は涼しいのです」

 ティアがドヤ顔で答える。
 クロエは興奮を抑え込み、冷静に話を続ける。

「……たしかに、これは素晴らしい。ですが、めったに手に入るものではなく、市場で安定供給が難しいと思っております」
「安定供給は無理でしょう。だからこそ、貴族向けの奢侈品≪しゃしひん≫とするのはいかがでしょう?」

 クロエの前にドラゴンの皮のサンプルを広げる。
 青、緑、赤、黄色、白、黒と色もさまざま、大きさも様々な皮が並んでいる。
 クロエはゴクリと息を呑んだ。皮への着色技術が未発達な今、カラフルな皮はそれだけでも価値があった。

 ティアはキュアノスの革で作った、ウエストポーチを机の上に置く。
 紺色にもやのかかったような美しい鞄だ。もちろん魔法の鞄である。

「このように靴やベルト、手袋など応用できます。また、美しさを生かして装丁はもちろん、ブックカバーや栞、革紐などいろいろなものに使えると思いますよ」

 ティアはニッコリと笑う。

「たしかに……すべてをドラゴンの皮にする必要もないですね。肌に当たる部分だけでも……いえ、ワンポイントでも……」

 クロエの目はギンギンと光り輝いた。

 ドラゴンの皮は、発見自体がまれで、見つかっても状態が悪いので、売買には向いていないと思われていた。
 今までは珍しい博物品として、教会や王家に献上されるくらいのものだったのだ。

 しかし、これだけ美しく機能性があるなら、絶対に売れる! 売ってみせる!!

 クロエの頭の中で今後のプランが駆け巡った。
 
「わかりました。プロトポロス商会で、ドラゴンの皮を扱わせてください」
「できれば、商品はドラコーンで作りたいのです。まだ職人など決まったことはなにもないのですが、ここに特産物を作りたいんです」

 ティアの言葉にクロエは頷いた。

 たしかに、見捨てられた地と言われるドラコーンでは、農産物も育ちにくい。この子は、領地自体を豊かにしようと考えてるのか。……思った以上に賢い子だ。ただ可愛いだけではないらしい。

 クロエはティアをビジネスパートナーとして認めた。

「では、指導できる職人を探してまいります。また、デザインは王都のデザイナーに頼もうかと思います。ドラコーンの特産品として付加価値をつけ、ブランド化しましょう」
「そこまでしてもらって大丈夫ですか!?」

 クロエは大きく頷いた。

 ブランド化するには、できれば貴族の令嬢などに広告塔になってほしいところだが。成り上がり者の私につてはない……なにかほかの方法を……。

 クロエは考え、ピンと思い立った。

 ここに美しいふたりがいる。しかも、イディオス殿下は社交界と距離を置いているとはいえ、王子だ。

「そこでひとつ提案があります。もしよければ、エリシオンの王都メソンに来ませんか? どんなものが流行っているか、実際目にした方が良いと思うのです」

 クロエの提案にティアは飛びついた。

「行ってみたいです!!」

 イディオスはクロエを睨む。

「もちろん、イディオス殿下も一緒に!」

 クロエは慌てて言葉を付け加えた。
 イディオスは不満げな雰囲気でティアに尋ねる。

「行ってみたいですか?」
「行ってみたいです! 私、外の世界を知らないので……。それに、イディオスと一緒だったら楽しいと思います! でも、どこに泊まるのかな? 旅行ってどれくらいお金が必要なんですか? 迷惑になるなら……」

 なにも知らないティアは不安になる。

「すべて私にお任せください。良い宿もこちらで用意いたします。滞在中の心配はなにも必要ありません」

 クロエはドンと胸を叩いた。

「そんな! 申し訳ないです!」
「いいえ、私は商人です。もう商売は始まっているのです。商機を逃したくありませんからね」

 ティアは立ち上がり、クロエの手を握った。

「ありがとうございます!!」

 クロエに対し友好的なティアを見て、イディオスの胸がムカムカとした。
 自分や竜騎士と初めて出会ったときとはあまりにも違うと感じたのだ。

 その思いはクロエに険悪な眼差しとなって向かう。

 クロエはハッとして、手を離した。
 ティアの背後から冷たい空気が漂って来たのを感じたのだ。凍てつくような気配の先には、美しい竜騎士が不機嫌を丸出しで立っていた。

 ティアはキョトンと小首をかしげる。
 クロエはヒソとティアに囁く。

「……あの、殿下がお怒りのようですので、握手は控えたほうが良いかと」

 ティアはイディオスを振り返る。
 いつもどおりの無表情に見えた。

「まさか! 勘違いですよ」

 フフフと天真爛漫に笑うティア。
 フフフと力なく笑うクロエ。
 キュアノスは「キュキュキュ」と笑い、イディオスは真っ青な瞳でクロエを見つめる。

「そ、それでは、詳しいお話がまとまりまりしだい、再度ご連絡と言うことで」
 
 イディオスの無表情での圧力に、怖じ気づいたクロエはそそくさと退出した。