竜騎士団の演習場である。
 怒濤の勢いでイディオスは練習に励んでいた。
 周囲には竜騎士たちが力尽き、死屍累々として積み重なっている。

「おいおいおい、どうした?」

 ラドンがへたり込んだ竜騎士のひとりに声をかける。

「理由はわかりませんが、殿下が殺気だっておられまして」
「これ全部、アイツのせいか!」

 筋骨隆々とした竜騎士たちが涙目になってコクコクと頷いた。

「なんだかなぁ……。最近は少し人間くさくなったと思ってたのに」
「そうです。ティアちゃんが来てからの殿下は、『人を愛せない呪い冷徹王子』なんて思えないほど……」

 竜騎士が呟いた瞬間、カーンと甲高い音で模造刀が吹き飛ばされ、ラドンと竜騎士のあいだに刺さった。

 地面に突き刺さった模造刀がバインバインと左右に揺れる。
 イディオスはふたりを険悪な眼差しで睨みつけた。

「ヒィッ」

 竜騎士は腰を抜かし、ラドンはため息をつく。

「なんだ。荒れてるじゃねぇか」
「暇そうだな。ラドン、たまには俺の相手をしてくれ」

 ラドンは肩をすくめた。

「しょうがねぇな。これ以上ほっといて、竜騎士団を潰されたら敵わねぇ。ったく、老人にむち打つんじゃねぇよ」

 ラドンは地面に刺さった模造刀を引き抜いた。
 ふたりの男の好戦的な目が絡み合う。そもそも、彼らは戦うのが好きだ。騎士の中でも、最も強く、最も戦闘が好きなものが、竜騎士を目指すのだ。

 模造刀を打ち合う、乾いた音が演習場に響き渡る。リズミカルなその音はタップダンスを思い出させるほど軽快だ。
 ふたりは打ち合いながら会話を繰り広げる。それはふたりの実力があってこそである。

「で、どうしたんだよ、王子サマ。荒ぶるなんてらしくないぜ」
「最近、竜騎士団員がなまっているようだから、気を引き締めさせている」
「なまってるぅ?」
「ああ、ドラゴンもだ」
「ドラゴンも」
「どいつもこいつも、ティア、ティア、ティアと! 気軽に話しかけすぎだ!!」

 イディオスはラドンの剣を、力任せに三回打った。彼には珍しいことだ。
 呪いのせいか感情表現が乏しいイディオスは、嫌な目に遭っても表情を変えず、心が傷つくことなどないのだと言うようだった。
 今まではこんなふうに八つ当たりのように演習をしたことはない。

「はぁ? しかたがないだろ? ずっと病んでいた古竜を治したんだ。ドラゴンはみんなティアを慕うだろうよ」
「ドラゴンは百歩譲ろう。しかし、団員は関係ない」
「いやいや、関係あるだろ? ドラゴンの皮のブーツは最高だし、治療技術も的確で、ポーションだって作ってくれる。しかも可愛いんだからな。話してみたいだろう」

 ティア発案のドラゴンの革製ブーツをイディオスが竜騎士団で見せびらかしたことがきっかけで、そのブーツは竜騎士団の制服として採用されたのだ。

「ふざけるな! ティアは男が怖いんだ! 俺の背に隠れるくらいなんだ!」
「最近はそんなことないだろ? お嬢ちゃんからだって話しかけてるし。城に慣れてきたのは良いことじゃねぇか」
「わかっている! だが、嫌だ!!」

 カーンとひときわ高い音が響いた。

 それって恋だろ!?

 ラドンは心の中でツッコミを入れつつも、半信半疑でもある。
 イディオスは十三歳で魔女から人を愛せない呪いをかけられて以降、人に興味を持てなくなっていたからだ。
 なんのきっかけもなく呪いが解けるとも思えなかった。

「わー! すごいですね!! ふたりとも格好良い!!」

 ティアの天真爛漫な声が演習場に響き渡った。
 その瞬間、イディオスはパッと顔をほころばせ、動きを止めた。

「隙あり! 王子様」

 ラドンはそう言うと、イディオスの胴を模造刀で殴る。
 イディオスはその場に膝をついた。
 ラドンは力加減などしてやらなかったのだ。恋の八つ当たりで竜騎士団をボロボロにしたイディオスへの罰でもあった。 

「おお! ティア、どうした」
「そろそろ休憩時間かと思って、おやつを持ってきたんです」

 ティアはそういって、おやつの入った籠を掲げた。
 竜騎士団たちがティアの周囲にワラワラと集まる。
 古代麦で作ったクッキーの中央には、ティアの瞳のような赤いジャムが載っていた。