イディオスは積み重なったものの上に優しくティアをおろすと、壁の溝に立っていた蝋燭に火を付ける。
ティアは自分の下にあるものを確認して驚いた。
スリスリと頬をすり寄せる。皮なのに、サラサラとして、しなやかで柔らかい。
「わぁぁぁぁ!! 気持ちが良い!」
「そうだろう? 俺も疲れたときはここで休む」
そう言ってイディオスはポスリとティアの隣に腰掛けた。
「これって、ドラゴンの脱皮した皮でしょう!?」
無造作に積み重なっているお宝を見てティアは大興奮だ。
「ここに……こんなに……存在するのね!! しかも、奥には卵の殻まで……!」
緑が白っぽく色あせているのは、グリーンドラゴンの脱皮した皮だからだ。ドラゴンの脱皮した皮は、もとの皮より白っぽく変色する。
「そんなに嬉しいものか? なら、全部あなたにあげよう」
「は!? 駄目ですよ!」
「竜の巣の奥にゴミのように積み重なっているものだ。これらもルタロスでは珍しいのか?」
「ルタロスでなくても珍しいです! エリシオンでもめったに流通していないはずです。ドラゴンの皮は、丈夫な上、防水なんです。しかも、夏は冷たく冬は暖かい不思議な皮で、とっても価値があるんですよ!」
「そうなのか? 知らなかった。ティアはとても詳しいんだな」
イディオスは感心するように呟いて、ティアの頭を撫でた。
ティアは思わずボッと顔を赤らめた。
美形とふたりきり、暗がりの洞窟で、しかも布団のようなドラゴンの皮の上で、そんなことをされたら心臓が持たない。
バクバクとした胸元を押え、ティアはプイと顔をそらした。
イディオスは人を愛せない。ドラゴンの子供にするように褒めただけよ! 誤解しちゃ駄目!
自分に言い聞かす。
イディオスは顔を背けられショックだった。こんな経験はなかったからだ。
「……すまない。嫌……でしたか……?」
ションボリとするイディオスにティアはブンブンと頭を振った。
なによ! 卑怯じゃない? そんな子犬みたいな顔。人を愛せないはずなのに、なんでそんな悲しそうな顔をするの? そんな顔されたら――。
「違います! でも、むやみに女性に触れると誤解を生みますよ? だから控えたほうが良いです」
「誤解とは?」
イディオスはまったく意味がわからないというように小首をかしげた。
「~~!! ……だから、その、イディオスが……好意をもって……るんじゃないかと……」
ティアの声は段々と小さくなる。
イディオスは真っ赤になって身を縮める少女をマジマジと見た。
「俺があなたを?」
「! っ、わかってます! そんなことあり得ないのわかってます! イディオスは人を愛せないのでしょう? だから私は誤解しないですけど、でも、ほかの人は誤解します、ってことです!!」
そう怒鳴ってから、自分の頬をパンと叩き、ハァと大きく深呼吸した。
「もうこの話はおしまい!! ドラゴンの皮でなにを作るのほうが重要です!」
ティアは気まずくなった空気を払うべく、話題を変えた。
ループした過去では、ドラゴンの皮がティアに献上されたことがある。
その皮はここにあるものほど状態は良くなかったため、教会は見向きもしなかった。
しかし、ティアはそのアンティーク具合が気に入って手袋に仕立てた。
するとたちまち注目を集め、貴族のあいだでドラゴンの皮のついた革製品がステイタスとなったのだ。
教会はティアにドラゴンの皮を渡すように命じ、ドラゴンの皮を独占して販売した。教会はだいぶ潤ったはずだった。
だったら、ルタロスで流行するより先にこちらで売ったら良いんじゃない? もらった皮よりもずっと状態も良いし、量も多い。いろいろなものが作れそう!
ティアはクククとほくそ笑む。
キュアノスとイディオスはギョッとしたように、ティアを見た。
「ぅきゅ……」
「……ああ、あれは悪い顔だ」
ふたりは顔を見合わせた。
ティアはふとイディオスの足もとを見た。竜騎士たちは使いこまれたブーツを履いていた。イディオスのブーツもボロボロだった。
「そうだ! まずはイディオスのブーツを作りましょう! 靴屋さんを教えてくれる?」
ティアの言葉にイディオスは瞬きした。
「俺のブーツ?」
「ええ、防水で頑丈な皮だから、きっとイディオスを守ってくれるわ! 白ドラゴンの皮があれば、白いブーツが作れるでしょう? きっとイディオスにぴったりだと思うの!」
「そうか、そうしよう」
キラキラと瞳を輝かせ語るティアの姿に、イディオスはつられて微笑む。
「そうと決まったらドラゴンの皮を集めて靴屋さんに行かなくちゃ!」
「キュアキュアキュア!」
「キュアノスも皮をくれるの?」
「キュアン!」
ティアとキュアノスは盛り上がっている。
「初めての物が俺の物か……」
当たり前のように提案されてイディオスは嬉しかった。
ティアと一緒にいると、冷徹王子と呼ばれる男の心が溶けていく。
イディオスは小さく呟いた。
「……誤解……なのだろうか……」
その呟きは、ティアには届かなかった。