食事の時間になった。
だぶだぶの男物の服をきたティアの肩にはキュアノスが乗っている。
ダイニングではラドンとイディオスが待っていた。
テーブルの上には、黒いパンにチーズ、モンスターの肉がたっぷりと、野菜は少なめで、デザートは果物が用意されていた。
ルタロス王国の食事とは違ったワイルドなものだ。
「わぁ!!」
ティアは目を輝かせた。ルタロス王国のパンは白い。肉もこんなにたっぷりと出されたことはなかった。
まったく違う食文化に、自由になったのだと感じる。
初めて食べる黒いパンは、白いパンに比べ重く、どこか酸っぱかった。かみ応えがあるパンである。
「美味しい~!」
上機嫌で答えると、ラドンはホッとしたように笑った。
「このへんじゃ、小麦が貴重でね。古代麦を使ったパンなんだ。お嬢さんの口に合わないんじゃないかと心配したんだが、そりゃ良かった」
ティアはパンを頬張ったまま小首をかしげる。
「イディオスはなにも考えないであんたを連れてきたんだろうが、実のところ俺の領地はエリシオン国の中でも貧しい土地だ。ドラゴンの毒が土地にしみこみすぎていて土壌が悪い。ドラゴンの巣があるため竜騎士団の駐屯としてやっと成立してるような場所だ」
ラドンは気まずそうに頬を掻いた。
イディオスは無表情だ。
「お嬢さんは豊かなルタロス出身だろう? エリシオンでも別の島なら良いだろうが、ここでの暮らしは厳しいだろう。かといってイディオスは他の場所では暮らせないだろうからな」
ラドンが困ったようにイディオスを見た。
イディオスはこくりと頷く。
「俺はドラゴンがいない場所では暮らせない」
キッパリと言い放つイディオスにラドンは肩をすくめた。
「ほら、これだ。お嬢さん気持ちなんで微塵も考えられない男だ。イディオスになにを言われてついてきたのか知らないが、きっと後悔する。コイツの良いところは顔だけだ」
ラドンの言い草にも、イディオスは表情一つ変えない。
ティアは黒パンをモグモグと咀嚼してゴクリと飲み込んだ。
「そんなことないです。イディオスは良い人です。命を救ってくれて、悪女だと罵られ追い出された私を救ってくれました」
ティアは真っ直ぐにラドンを見つめた。
「そもそも贅沢なんていりません。自由に生きたいだけだから」
サファイアピンクの瞳が覚悟に燃えている。その眩しさにラドンは目を眇めた。
「ティアは仕事が欲しいと言っている。……あと、小さな家……だ、そうだ」
「ん? 仕事、仕事か……お嬢ちゃん、なにができるんだ?」
「ティアはドラゴンの怪我が治せる!」
イディオスが即答する。
ラドンは疑い深そうにマジマジとティアを見た。
「ほんとうかぁ? ドラゴンは傷つきにくいが、傷ついた場合、回復が遅い。治せるのは『紅蓮の希望』に選ばれた大聖女だけだって伝説だぞ? 今、紅蓮の希望に選ばれた大聖女はいないはずだ」
ティアは冷や汗をかく。
「キュアノスがそう言った。ドラゴンは嘘をつかない」
「きゅあきゅあ!」
イディオスの言葉にキュアノスが加勢する。
「でもなぁ……、イディオス。お前は当たり前のように竜の巣に入るが、普通は竜騎士だって中には入れん。そんなところに、細腕のお嬢ちゃんをなぁ……」
「俺が守る」
「きゅあ!」
キリとした眼差しをイディオスとキュアノスが向けた。
ラドンは小さくため息をつく。
おいおい、イディオス殿下がこんなに表情を変えるなんて、呪われて以来初めてだぜ? 殿下はまだ気がついてねーかもしれないが、呪いが解けるかもしれねぇな。そうとなりゃ、おじさんが協力してやんねぇと。
苦笑いしつつ、ラドンは少しだけ思った。
「まぁ、とりあえずドラゴンの治療をしてくれよ、お嬢ちゃん。無理は禁物だ。危なくなったら逃げるんだぞ?」
「はい! ありがとうございます! 頑張ります!」
ラドンの提案にティアは元気いっぱい返事をした。
「あと家か。小さな家なら村はずれに空き家が一軒あるんだが、すぐには使えねぇ。家の準備ができるまで、城で過ごしちゃくれねぇか。それと、城から出て暮らしたいなら、当分はイディオス殿下を護衛に連れていってくれ」
「でも、申し訳ないです……。キュアノスがいるから大丈夫……」
ティアが言いかけるとイディオスはキュアノスをギュンと睨んだ。
「ぅきゅぁ……」
キュアノスがプルプルと震えてティアにすり寄る。
「お嬢ちゃん、キュアノスのためにもイディオスを連れていってくれ」
ラドンが言うと、キュアノスは同意するように「きゅあ、きゅあ」と頷いた。
「でも、迷惑じゃ……」
「迷惑じゃない! です!」
ティアの言葉にイディオスはかぶせて答える。
ティアは呆気にとられながら、微笑んだ。
「ではお願いします。本当は心細かったんです」
ティアが笑うと、周囲は薔薇色の薫りに包まれたようにほんわかとする。
ラドンは眉間のあいだを押さえた。
「……おい、殿下。とんでもねぇ悪女を攫ってきたな」
イディオスは胸をおさえ、小さく同意した。