風呂から上がって着替える。着替えは男ものの下着と服しかなかったが、ティアは特段気にしなかった。乙女の楽園も同じような服装だったからだ。
 ただし、服が大きい。裾と袖をめくり、ダボダボのウエストを両手で押えながら廊下へ出る。
 
 そこではイディオスが壁にもたれながら待っていた。ほかの竜騎士が寄りつかぬよう見張っていたのだ。

 風呂から上がったティアを見て、慌てふためき赤くなった顔を逸らす。
 濡れ髪にサイズの大きな男物の服をきた少女は、あまりにも無防備に見えたのだ。
 イディオスは自分のジャケットをティアの肩にかけてやる。シャツ一枚の体のラインが透けて見えた。

「っ、すまない! 気の利いた服がなく!」

 ティアは意味がわからずにキョトンとする。
 それよりも、出会ったころは表情もなくひたすら怖かったイディオスが、コロコロと表情を変えるのが面白い。

「ここを縛る紐がほしいです。落ちちゃうので」

 ティアはウエストをガバリと伸ばして見せる。

「わかった! わかったから早くこれで止めてください!」

 イディオスは自分のベルトを抜いて、ティアから視線を逸らせたまま突き出す。
 ティアはベルトを受け取って結んだ。

「なぜベルトを止めないのですか?」
「穴が足りないんです……」

 シュンとして答えるティアに、イディオスはウッと声を漏らした。自分とのあまりの体格差に、守りたいと思ったのだ。胸がドキドキと高鳴ってくる。

 なんだ、この胸の痛みは――。

 初めて感じる痛みにイディオスは、胸元をギュッと握りしめた。

 言葉をなくしたイディオスに、ティアは困ってしまう。

「……あの……?」
「っ、あ、いや、すまない。すぐに服を取り寄せる。あと、部屋は俺の部屋の隣に用意した。食事の好き嫌いはありますか? 足りないものはなんですか? 欲しいものはすべて揃える。ドラコーンにはあまり高価なものはないですが――」

 堰を切ったように話しだすイディオスにティアは苦笑いをする。

「あの、お仕事をください」

 ティアの答えに、イディオスはポカーンとした。

「……仕事……?」
「はい。お仕事です」
「なぜ?」

 イディオスは不思議に思う。イディオスの周囲にいた貴族の令嬢たちは仕事などしないのがあたりまえだったからだ。

「? なにもしないで生きていけないですから」

 ティアは当然のように答えた。小さなころからずっと働いてきたのだ。
 
「それと、小さなお家を貸してください。できれば庭があると嬉しいです。家賃は払います」
「俺の部屋の隣では不満ですか?」

 イディオスは冷たい顔で尋ねた。背中にはブリザードが吹雪いて見える。
 ティアはゾッとして後ずさった。
 キュアノスがティアを守るようにして、イディオスの前にはだかる。
 困ったようにブルブルと唇を震わすティアを見て、イディオスはハッとした。

 どんなに怒りをあらわにしても、女どもは見蕩れるように俺を見た。それなのに、ティアは違う。怖がらせてしまった……。

 イディオスはシュンとして怒気を収めた。

「すまない。怖がらせるつもりはなかった。理由を教えてください」

 ぎこちなく笑顔を作ってみせた。

「……あの、私、お城で暮らしたことがないですし……。悪女が城にいるなんて変ですし。……ここは男の人がたくさんで……こわい……ので」

 小さなころから、聖職者以外の男性と目を合わすなと言われてきたティアにすると、男だらけのこの城は緊張する。
 今でも廊下を通り過ぎる竜騎士たちが好奇心むき出して、ティアとイディオスのやりとりを眺めていくのだ。

「男が怖い……。俺もですか?」

 イディオスはシュンとしてティアに尋ねた。
 なぜか、ティアに怖がられるのは悲しい。

 ティアはブンブンと両手を振った。

「イディオスはなんども私を助けてくれた恩人です! 怖い顔をするときはちょっと怖いけど、いつもは怖くないです!!」
「本当ですか? 無理してないですか?」

 子犬のように縋るイディオスの瞳を見て、ティアは胸がキュンとする。

 冷徹竜騎士なんて噂だけだったんだ。この人、こんなに可愛い……。

 ティアはイディオスの袖をちょこんと摘まんだ。
 そして上目遣いで彼を見る。

「本当です。信じてください」

 イディオスはそんなティアを見て抱きしめたいと思う。

「抱きしめても良いですか? 怖いですか?」

 律儀に尋ねるイディオスにティアは噴きだした。

「いいですよ?」

 答えると同時にイディオスがティアを抱きしめる。

「あなたはとても可愛いな。まるで紅蓮の子ドラゴンのようだ!」
 
 ……紅蓮の子ドラゴン……? って褒められているのかしら?

 独特の比喩に首をかしげた瞬間、イディオスに力を込められて思わずグエと息が漏れる。

「おいおい、抱き潰す気か?」

 ラドンが現われ、注意されイディオスは我に返った。

「すまない……」
「大丈夫です」

 イディオスとティアのやりとりにラドンは微笑ましいものを見たように、ニマニマと笑った。

「さすが悪女を自称するだけはあるな。人を愛せない冷徹竜騎士をここまで手懐けるとは」
「ラドン!」

 イディオスはラドンを睨みつける。その冷ややかな表情で、ビュウと冷たい風が吹いたような気がした。