「邪教の本をティアに焼かせたと聞きました。ここの本はすでに処分されていると報告されていたようでしたが、違ったのですね」
「あっ。あ、新しい物が見つかって……」
「教団に報告せずに、子供に、焼かせたと? これは教団に報告しなければいけませんね」
「クレス様が、ティアは聖女だとおっしゃっていたではありませんか!」
「私が言ったから? まだ神に聖女と認められていないティアに邪教の本を扱わせたのですか? 危ないとは思いませんか?」
「はっ! 本当にそう思いますか? あの女はおぞましくも聖なる炎で一つ残らず焼きました! 私が教えていないのにです!! おかしいんです!!」
まくし立てる司教の言葉に、クレスは感心して微笑む。
「さすがティアです。素晴らしい……。なんとしてもあの子を探し出さなければ!」
「ティア、ティア、ティア! クレス様はどうかしている!! 司祭の私より、ティアを信じるのですか!! クレス様はあの悪女に騙されているんです!! アイツは悪の化身です! だから、竜騎士などを呼びだしてここから逃げていった!!」
「なにを馬鹿なことを……、ティアは攫われたのです」
「悪女に騙されたあなたの言葉は信じられません。それに、もう除籍届を出しました。いまからクレス様が本山へ向かっても間に合わないでしょう」
司祭は笑った。
ざまぁみろ、そう笑った。
「ティアを除籍した……?」
クレスはあまりの愚かしさに、はらわたが煮えかえるようだ。
「司祭、あなただけに見えていないんですよ。あなたは今、黒いオーラに包まれています」
クレスの言葉に司祭は驚き、自分の体をワタワタと見る。
しかし、彼には見えない。
「そんな、そうやって、また、私を騙そうと……。あなたも所詮ティアに操られて……」
クレスはクスリと笑うと、ポケットから水晶の玉のついたペンダントを出した。
そして、呪文を唱え司祭に向ける。
「それは……」
「魔力を可視化させる魔道具『審判の石』です」
「っ! それは! そんな! 罪を犯した聖職者に使う」
「正確には、『罪を疑われた』です。罪を犯していなければ恐れるに足りませんよ」
クレスは笑った。
審判の石はどす黒く濁っていく。
司祭は自分の心の汚らしさに、ドッと背中に汗をかいた。
クレスは微笑みながらそのペンダントを司祭の首にかけた。
罪の重さが司祭の首にズシンとのしかかる。
「あなたは教会に来ていただく必要がありそうですね」
クレスはそう言うと、司祭に手かせを嵌めた。
司祭はガクリと項垂れる。
「お許しください……クレス様……」
クレスは憎悪をあらわに司祭を睨めつけた。
「許すのは私ではなく、神です」
司祭は震えた。恐ろしさのあまり、髪が白く変わっていた。
クレスはそんな司祭を鼻で笑い、部屋から連れだす。
司祭は力なくクレスの後についていった。
それにしても、除籍などと馬鹿なことをしてくれましたね。
これでは、教会としてティアを探すことは出来ないではないですか。
クレスは大きくため息を吐いた。
しかし、その瞬間思いつく。
……いえ、これはチャンスです。ティアのことが教会に知られれば、きっと狡猾な司教たちに利用されるでしょう。その前に私があの子を救い出す。そうすれば、ティアは私だけの聖女になる……。
クレスはゾッとするほど美しい微笑みを浮かべた。
庭に出ると、修道女と子供たちが集まってきた。
そして、白髪になった司祭を見て驚き怖がる。
小さな子供たちは不安で泣き出した。それでなくても、子供たちはショックだったのだ。
いつもは優しい司祭が豹変し、自分たちが姉と慕うティアを傷付けたこと。
どんなに優しい振りをしていても、自分たちもいつか石を投げられ追い出されるかもしれないと感じたのだ。
クレスは、修道女と子供たちに告げた。
「司祭は罪を犯したので、教会へ連行します。後日新しい聖女が責任者として来るでしょう」
修道女は冷たい目で司祭を一瞥してから、クレスに尋ねる。
「あの、ティアは、ティアはどうなるんでしょうか」
「残念なことですが、除籍したようです」
「じょせきって?」
小さな子供が小首をかしげる。
クレスは優しくその子の頭を撫でた。
「乙女の楽園には戻れなくなってしまいました」
「うそ!」
「ティア姉ちゃん、良い子だよ!」
「悪いことしてないよ」
「……ティア……」
修道女は涙ぐむ。
「私もティアが悪いとは思っていません。探し出して、必ず除籍を取り消そうと思っています」
クレスの言葉に、修道女も子供たちもキラキラとした目を向けた。
「みんな、ティアのことが大好きですよね? でも、ティアとドラゴンのことが教会に知られたら、ティアはここへ戻れません。だから秘密にしてくれませんか?」
「うん!」
「わかった!」
クレスは子供たちと別れ、司祭とともに馬車に乗った。
ガタンと馬車が動き出す。
司祭は皮肉に笑った。
「子供に口止めなんかして……。どうせ私が全部話すから無駄ですよ」
「どうぞ、ご勝手に。そうなれば、なぜドラゴンが来る状況になったのか、説明させられると思いますが。その結果、あなたがどうなるか、私は関与しません」
クレスは冷ややかに笑った。
「っ!」
クレスは司祭の首にかけられたネックレスを掴んで、見せつけた。
「それに、こんなに黒い心の言葉をだれが信じるというのでしょう?」
司祭は、祈るように両手を握り合わせ、そこに額をつけ声もなく泣いた。
クレスは興味も示さずに、馬車から外を見た。
ティア……。どこへ行ってしまったのでしょう……。竜騎士に攫われたなら、エリシオンか……。
クレスは聖地巡礼の修行という名分で、ティアを捜す旅に出た。