乙女の楽園にはクレスがやってきた。
突然、結界の崩壊を感知したからだ。
今の司祭は神聖力が弱い上に無能だ。子供相手ではそれでも役に立つと思っていましたが、ティアに攻撃的なのは許せません。
今回の不始末を彼に押しつけ、新しい者を管理者に据えましょう。……そういえば子供好きの聖女がいます。あとは彼女に任せましょう。
クレスはそう考えながら、乙女の楽園の門をくぐった。
結界は完全に破られている。
この結界は、複数の司教で作り上げ、毎月クレスが新しい神聖力を注ぎ維持してきたものだ。
やすやすと破られるものではないはずだったかが、見事なまでに消えている。
こんなことが出来るのは、きっと、ティアしかいない……。
クレスは思い、わくわくと胸が高鳴った。
庭はあたり一面焼け焦げていた。
子供たちはクレスを見つけると、泣きながら駆け寄ってきた。
その後ろを修道女がついてくる。
「どうしたのです? なにがあったのです?」
「ティアねー、いないの」
「ティア姉ちゃんが行っちゃったの!!」
クレスはサアッと顔を青ざめさせた。
修道女の顔を見る。
「一体なにがあったのです? ティアは無事ですか?」
修道女は弱り果てた顔で首を振った。
「それが……ドラゴンに乗って、消えてしまいました……」
「ドラゴン? そんな、まさか……」
クレスが首をかしげる。
すると子供たちが、怒ったように次々と話しだす。
「嘘じゃないもん!」
「見たもん! みんな見たもん!!」
「司祭様がたき火をしてて、その火が庭に広がったの! その火を消してくれたんだよ!!」
「青いドラゴンと白いドラゴン、キラキラしてた!」
「ティア姉ちゃんが呼んでくれたの! ドラゴンに火を消せって言ってくれたの!!」
「ほら、これがドラゴンの足跡!!」
子供が指差した地面には、いびつなへこみが四つあった。
焼き払われた庭なのに、ところどころ小さな紅色の花が咲いている。
クレスはかがみ込み、その花に触れた。ティアの神聖力を感じる。心地よい薫りが仄かに漂う。
「……これはティアの神聖力の残滓が花になったんですね」
ああ。ティアの神聖力は、どうしてこんなに心地よいのか……。
深いため息を吐いた。対照的に黒く焼けた草を摘まんでみる。
どす黒い悪意に触れて、クレスは思わず嘔吐いた。
気持ちが悪いな……。これは、あの司祭の魔力だ。
クレスは立ち上がり、子供たちに微笑んだ。
「本当ですね」
子供たちは、「でしょう?」と満足げにふんぞり返った。
修道女はオズオズと尋ねる。
「あの……ティアは、ドラゴンだなんて……ティアは本当に除籍になるのでしょうか? でも、あの子は悪くないんです。私たちを助けてくれて、そうじゃなくても、あの子がいないと……」
修道女は涙ぐむ。
「除籍?」
「はい。司祭様が除籍したと……」
胸の中に怒りが着火するのがわかる。クレスはそれでも表面的には優しげな笑顔を取り繕ったまま尋ねた。
「なにがあったのでしょうか? すべて私に話してください」
修道女は事細かくすべてを話した。
司祭が邪教の本をティアに焼かせようとしたこと。聖なる炎が、黒い突風に煽られ火事になったこと。そして、その火事を消火したのがティアとドラゴンだったこと。それなのに、司教はティアに石を投げたこと。そして、白いドラゴンに乗った男に、ティアが連れ去られてこと――。
ティアが男に連れ去られた!?
クレスは焦った。白いドラゴンに乗った男など、エリシオンの竜騎士しかいない。しかも、その男は悪名高かった。残酷無慈悲な冷血漢で人を愛することができないのだと。
そんな男に……! ティア、無事でいてください!!
クレスは祈るような気持ちになる。
「司祭はどうしているのです?」
「司祭様は自分の部屋に閉じこもり、出てこられません……」
「……そうですか。では、私がお話ししてみましょう」
クレスが優しくそう言うと、修道女も子供たちも口々に礼を言った。
クレスは足早に司祭の部屋に向かった。ティアが攫われたと聞き、怒り心頭である。
しかも、石を投げただなんて。ただでは済ませません。
司祭の部屋をノックする。
答えがないのでドアノブを回す。
鍵がかかっていたので、魔法で鍵を壊して中に入る。
「ひっ!」
司祭は驚きの声を上げた。
クレスの顔を見て安心し、ホッとため息を吐く。
クレスは黒いオーラに包まれた司祭を見て、嫌悪感に襲われる。
「クレス様でしたか……」
「司祭、話を伺いましょうか」
ピリピリとしたクレスに司祭は負けじと対峙した。
「わ、私はしかたがなかったんです。あの子がドラゴンを召喚して……。だから、私は子供たちを守るため、司祭としてドラゴンとティアを撃退したのです!!」
クレスは鼻で笑う。
「あなたにはそんな力はありませんよ」
司祭はクレスの冷笑にカッと顔を赤らめた。
「クレス様、なにもかも自分ひとりがわかっているかのように振る舞うのは止めてください。私のほうが神にはずっと長くお仕えしてきています。司教になれなかったのではない。子供が好きだからならなかっただけなのだ! 私が司教になっていたら、あなたは司教になれなかった!」
司祭の言葉にクレスは笑った。
バカバカしくて相手に出来ないと思ったのだ。