「なんですか、これ?」
「雇用契約書」

黒須が優雅な笑みを浮かべた。
いちいち癇に障る爽やかな笑みだった。

「うちの店でバーテンダーをしてくれるって、昨夜約束したよ。そこに署名したのは春音自身だから」

うちの店……。
雇用契約書をよく見ると【Blue&Devil】の所有者は黒須になっていた。

知らなかった。

「えっ、黒須の店だったの?」

驚きがそのまま声になった。
黒須が静かに頷く。

「そう。僕の店。日本に帰国してから買い取ったんだ。春音と初デートをした大切な思い出のあるバーだから」

余計な一言にまたイライラする。
なんでいちいち私との事を持ち出すんだろう。
そういうの、やめて欲しい。

「そんなにむっつりした顔して、嬉しいんだね」

バカにするような言葉にさらにムッとする。
黒須は火に油を注ぐのが好きなようだ。

そんな人だったっけ?

「嬉しくなんてありません」

「条件はいいと思うよ。レンタル店の時給の三倍だし、労働時間は夜8時から11時までの3時間で、賄付きで、店のお酒は飲み放題」

えっ、時給3倍!

雇用契約書を見ると確かに3倍の価格で書いてある。
賄いもついてるなんてありがたい。

3時間働いて、今のバイトの9時間分の時給がもらえる。
交通費も出るし、バーまでは電車で30分ぐらいで来れるから、距離的に苦でもない。

貧乏学生には喉から手が出る程の好条件。

だけど、黒須の店で働くんだよな……。