僕には弟がいる。
 とても素直で可愛い男の子。
 だけど、他の子よりちょっと違ったところがある。
 知的障がいっていう個性なんだって。
 生まれてからすぐにわかったから、僕とは同じ幼稚園や小学校には行けてない。
 今は支援学級に通っている。


「にぃ~」
「どうしたの? みちる?」
 弟のみちるは今7才だけど、頭の中は2才ぐらいらしい。
「かける。はなくそ」
 そう言ってみちるは僕にはなくそを見せつけてくる。
 正直あんまりいい気持ちはしないけど、いつもの遊びだから僕は付き合ってあげる。
「でかいのが取れたね。ティッシュに入れないとね」
「うん。かける、ティッシュ~」
「はいはい」
 こんなのは僕たち兄弟の中では毎日の出来事だから、汚いとか思わない。


 ある日ママが、僕とみちるを連れて、バスで遠くに行くと言い出した。
 三人でおばあちゃん家へ遊びに行くらしい。
 なんだかママは嬉しそうな顔をしていた。
 ちなみに、僕のパパは一緒に行けない。
 おばあちゃんはママのお母さんで、パパのことを嫌っているから。
 理由は良く知らないけど、きっとパパが発達障がいだからだと思う。
 おばあちゃんは障がいを持っている人が嫌いだから。


 おばあちゃん家に着くと、喜んで出迎えてくれた。
「かける~ 久しぶりだねぇ。相変わらず、ママに似て可愛いわぁ」
 そう言って僕に頬ずりしてくる。
「く、苦しいよぉ」
 いつも僕のことは可愛がってくれるけど、弟のみちるには冷たい。
「なんだい? みちるはまだ施設に入れてないのかい?」
 会う度におばあちゃんは、みちるを山奥の施設に入れろとママに命令する。
「お母さん。何度も言っているけど、みちるは私たちで育てるって……」
 ママが嫌そうな顔をする。
「ふん。大きくなって間違いでもあったらどうするんだい? 何か事件でも起こす前に早く入れちまいな!」
「やめてよ……みちるだって聞こえてるんだから」
 ママは目に涙を浮かべていた。
 隣りにいたみちるが、自分のタオルハンカチをママに差し出す。
「ママ~」
 おばあちゃんはああ言うけど、みちるだってしっかり話し合えるんだ。


 僕たちはお仏壇がある和室に通された。
「で、今日はどうしたんだい?」
 おばあちゃんにそう聞かれて、ママは急に顔を明るくさせる。
「あのね。実は、お腹の中に赤ちゃんがいるの。それで一番に報告したくって。お母さんに……」
 知らなかった。ママは痩せているから、お腹も大きくないし、赤ちゃんが出来ているなんて。
 また新しい家族が増えるんだ。
 僕は隣りで聞いていて胸がドキドキしていた。嬉しくて。


 それを聞いたおばあちゃんは、突然大きな声で怒り出した。
「なんだって!? またあの汚い男の赤ん坊を作ったのかい!? 汚らわしい! あたしゃ、次の子の面倒は絶対に見ないからね!」


 ママは青ざめた顔をして俯いていた。
 目に涙をいっぱい浮かべて。
「障がい者が子供を作ったら、障がい者が生まれるって、前に言っただろ! かけるはあんたに似て障がい持ってないけど、みちるは旦那に似て障がい者になっちまったんだよ!」
 おばあちゃんは新しい命、赤ちゃんが生まれてくることを祝ってくれることはなかった。


 ママは帰りのバスの中でずっと黙っていた。
 みちるが「ママ~」って身体を揺さぶるけど、かたまっていた。
 きっと辛かったんだと思う。
 自分のお母さんに赤ちゃんが出来たことを喜んでもらえると思っていたから……。
 バスを降りて、帰り道で知り合いのお母さんたちに出会った。
 みちるのお友達とそのお母さん、支援学級の人たちだ。


 ずっとママが暗い顔をしているから、他のお母さんたちが心配して聞いてきた。
「どうしたの? なにかあった?」
「実は……3人目の赤ちゃんが出来て……」
 ママの声はとても小さくて、今にも消えてしまいそうなぐらい弱い。
 でも、それを聞いた他のお母さんたちは、みんなで声をあげて喜ぶ。
「ウソ~? 全然見えない~ 今何か月目?」
「おめでとう~! 生まれたらお祝いしましょ!」
「かけるくん。みちるくん。二人ともお兄ちゃんだね!」
 意外だった。おばあちゃんはあんなに怒ったのに、他人のお母さんたちの方がよっぽど喜んでくれた。まるで自分のことのように。

10
「うう……うわぁん!」
 それを聞いたママは、大声で泣き出した。
「ど、どうしたの?」
 他のお母さんが慌ててママに駆け寄る。
 そしたらママはその場に座り込んで泣き叫ぶ。
「は、はじめて言われたの……赤ちゃんのこと祝ってもらえたの……」
 僕はママの背中をさすってあげた。
 それを真似して、みちるも「ママ~」って言いながら背中に触れる。

11
 僕はこの前おばあちゃんがママに言った酷いことをパパに伝えた。
 するとパパは困った顔をして、頭をかいていた。
「そうか……そんなことをおばあちゃんに言われたんだな。かけるにもみちるにも辛い思いをさせて悪かったな」
「パパは謝らなくていいよ! おばあちゃんが悪いんじゃないか! 大体、パパのことを『きたない』って言ったんだ! 大好きなパパのことを……僕のパパとママを!」
 気がつくと僕まで泣いていた。

12
 パパはそっと近づいて頭を撫でる。
「かける。ありがとな。パパの代わりにママを守ってくれて。でも、パパはおばあちゃんにきたないとか、障がい者とか言われても、なんとも思わないぞ?」
 ニッコリと優しく微笑むパパに、僕はビックリしていた。
「え、どうして?」
「おばあちゃんのために作った家庭じゃない。大好きなママ、何よりも大事なかける、みちるのために作った家族じゃないか。だからパパは障がいがあっても働ける。頑張れる。だから今度生まれてくる赤ちゃんのためにも、一生懸命、毎日頑張れるぞ!」
 なんてガッツポーズをとるパパ。

13
 パパが言うには「おばあちゃんは古い人だから仕方ない」らしい。
 でも、お腹に赤ちゃんがいるママに対して、酷いことを言った。
 しばらく僕はおばあちゃんの家に遊びに行くのはやめようと思う。
 ママもあれから落ち込んでいることも多かったけど、みちるのお友達のお母さんが何回もお家に遊びに来てくれて、励ましてくれた。
 仕事から帰ってきたパパも毎日ママが元気になるようにと、僕と二人で考えたマジックを披露して見せる。お世辞にも上手いとは言えないけど。
 失敗ばかり繰り返す僕たちの姿を見て、ママとみちるがゲラゲラ笑っていた。

14
 ママのお腹がどんどん大きくなる度に、僕は思う事があった。
 それはおばあちゃんが言った「障がい者が子供を作ったら、障がい者が生まれる」という言葉。
 不安に思った僕はパパに相談してみた。
「え? 次の子が障がい者になるんじゃないかって? ハハハッ! そんなことを考えていたのか」
 なんてパパは笑う。

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「パパは怖くないの?」
「ああ、全然怖くなんてないぞ! むしろ楽しみ楽しみで毎日ワクワクしているな!」
「え、どうして?」
「だって赤ちゃんが生まれることに違いはないだろ? いいか、かける。パパの発達障がいは大人になってわかったことなんだ。でもみちるは生まれてすぐに知的障がいだってわかったよな?」
「うん」
「後から分かるか、先に分かるかの違いだよ。元気に生まれてきても、事故や病気、他にも色んな障がいになる可能性は誰だってあるんだ。そんなの気にしてたら赤ちゃんは生まれてきてくれないぞ」
「そ、そっか……」

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 パパに相談してなんかホッとした。
 そうか。先か後かの違いなんだ。
 命に障がいなんて関係ない。
 大事なのは生まれてくること、家族になってくれることなんだ。

17
 一年後、元気な女の子が生まれた。
 今のところ、障がいや病気とかはないって聞いて僕は安心した。
 けどその子が生まれる数ヶ月前、僕は小学校で担任の先生に言われて、ある病院へ行くように言われた。療育(りょういく)センターていうところ。
 そこで僕はお医者さんに「あなたは自閉症スペクトラム障がい」と説明された。
 パパが「お父さんと同じ発達障がいじゃないか。気持ちが分かるから安心していいからな」と頭を撫でてくれた。
 僕は一体なにが起きたのかわからない。
 自分に障がいがあるなんて、思いもしなかったから。

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 それを聞いたおばあちゃんは顔を真っ青にして黙り込んでしまった。
 よっぽどショックだったみたい。
 3人目の赤ちゃんが生まれる頃には、おばあちゃんは寝込むようになり、老人ホームへと入ってしまった。
 生まれてきた女の子の名前は、あい。
 パパが誰からも愛されるようにと名前をつけた。
 僕も障がい者の一人になったけど、今までと何も変わらない。
 みちるもあいも、僕が守ってたくさん愛してあげるから!