「二十六っす」
「三年目ね。研修医とはいえ、獣医師として外来や病棟も持つことにもなったから、採用側も獣医師なら誰でも良いということにはならなかった」

「当然っすよ」

「そこで波島くん、あなたは初めて自分の市場価値がどれほど高いかっていうことに気付いたでしょ?」

「はい、だから僕はクリーレンに採用されました。そして配属先はスペシャリストが集められる院長のチームっす」

「当然、人間性が高く頭が良かったとしても、研修医としての通常勤務に耐えられるかという観点が発生するわね」

「分かってます、体力には自信があります」

「体力ねぇ、あとはバーンアウト(燃え尽き)や鬱になりやすいっていうのは、獣医療業界ではよく知られたことよ」

「息抜きして羽根を伸ばしてます。僕のこと、葉夏先生分かっていらっしゃるっしょ?」
 緊張が解けてニヤける朝輝先生を葉夏先生は見逃さず、言葉を続けた。

 息抜きが必要ってことなんだ。

「私がクリーレンにこだわったのは、どんな困難で厄介な手術だろうと、みずからの責任をもって実施できる環境だからよ」

 真面目な話になったら、私の向かいに座っていた俊介先生も真剣な表情で耳を傾け始めているみたい。

「ここの道永(隼人)院長は、入職時からどんどんやれとやらせてくれるわ。自分がやりたければ、どんどん手を出してかまわないって」
 
 『たとえなにかが起こっても、いっさいの責任は俺が追うっておっしゃってくれた』って。

「それは私が院長に信頼されてる証なの。その信頼を勝ち取り、厄介な手術をやり遂げた達成感は自信にもつながった」

「今の僕は、まだそこまで達してないってことか」
 朝輝先生が独り言のようにつぶやく。

「波島くんの処置や問診の取り方が素晴らしくて、外来負担がかなり減ったのよ。あなたが来てくれたおがげで本当に助かってるのよ」

 なんとも言えない表情を浮かべる朝輝先生からは嬉しさが読み取れる。

「そういえば、あのクールな院長が『スキルの高い若手を必ず育てる』って熱く豪語してたわよ。誰のことかしらね、ねっ?」 

 なにか言いたげな表情の葉夏先生が振り返り、俊介先生と視線を合わせた。

「研修医が症例の初診から治療終了までの経過を追うことが出来るように僕らも努力するよ。だから、いつでも頼って」

人見(俊介)先生」
 いつも元気な朝輝先生だけれど、その後の言葉が詰まってしまって声にならないみたい。

 辛うじて微かに聞こえてきたのは途切れとぎれの感謝の言葉。