「で、今日のここに居たい理由は?」
 コーヒーカップを片手に葉夏先生が朝輝先生の向かいに座った。

「クリーレンの院長チームでは、いつまでも研修医、研修医、研修医」

 朝輝先生は専門医になるために専門研修プログラムに参加するためにクリーレンに来た。

「以前の病院では一般臨床はおろかエリート中のエリートという自負がありました」

「波島くんの気持ち分かるわぁ。私は獣医師の花形の外科医じゃない? だから研修医時代よけいなプライドが捨てられなかったわ」

 ねぇ、分かるよ波島くんって、葉夏先生が何度も深く頷いている。

「若いから怖いものなしだし、正直尖っちゃってたわ」

「入職して、まだ日が浅いころ葉夏先生が院長から僕を庇ってくださったことは忘れません」

「研修医だろうと、あなたは立派な獣医だもの。院長の言い方はきついから、たまに言い争いみたいになっちゃうわ」

 葉夏先生までいくと隼人院長と言い争いにまで発展するのね。私は言われっぱなし。

「あのね、スキルアップをしたいっていう波島くんにとってもクリーレンは最適な環境だと思う」
 葉夏先生の言葉に朝輝先生は、どこか不満そうに一文字に口を固く結んでいる。

「勤務医として働いたトータルの年数では評価してもらえませんし、当然、給与はガクンと下がりました」

 どこの動物病院に渡り歩いても、たいてい実務経験二年間の場合は研修医扱いになっちゃうのかな。

「昨年までの波島くんの存在は、ある意味、病院としてもそれほど期待感はなく、給与も低い中で雑用などもこなしてくれるコマとしか思っていなかったわ」

「キツイ言い方かもしれない。でも私もそうだったし誰もがそう使われてきた」って。
 葉夏先生の優しさも感じられるし、経験した悔しさからの説得力がある。

「実際、研修医一、二年生はローテーションで各科を数カ月間回って過ごす生活だから、多くの患者を責任持って長く受け持たなかったですし」

「そこよ、怖いのは。責任感が希薄にならないように肝に銘じて」
「はい、命がけで向き合っています」

 思うより波島先生は、葉夏先生の言葉にショックを受けていないみたい。現実を受け入れているみたいに平然としている。
 
「あなた、いくつになった?」