「ん、もう焦れったいくらいトロい。どうしたら悔しい悲しいって響くのよ」
 意地悪を言って煽っているほうが焦れるほど、私は鈍いのか。

「なんであんたみたいな要領も飲み込みも覚えも悪いのろまが、院長のチームに抜擢されてエリートたちに囲まれてちやほやされるのよ」

 並べられる限りのポンコツな単語を並べてイラつく徳縄先輩。
 ごめんなさい、手が焼けて相当イライラさせているんだね。
 私なりの頑張りは、まだまだなんだと痛感する。

「ご指摘いただきありがとうございます。至らないところは直しますので、よろしくお願いします」

「なんでもすべてありがたがる、そのおめでたい性格なんとかなんない?」

『そのなにを言っても響かない鈍い頭にもイライラするのよ』とも言っていた。

 とにかく酷い剣幕でまくし立てて行っちゃった。
 あれだけ言えばストレスも溜まらないんだろうな。

 みんなの足を引っ張らないように役に立てるように。ただそれだけ。

 徳縄先輩が私を攻撃してくるのは嫉妬だけじゃなく、徳縄先輩に恨まれたって思い当たる出来事がある。

 それは新人のころ、ある日よく耳掃除で来院していた子の脇腹にホクロのようなものを発見したことがある。

 徳縄先輩もしょっちゅう見ている子で、なにも言わないから大丈夫なのかって思っていた。
 先輩を差し置いて報告しづらいのもあって様子見していた。

 でも、どうしても気になって獣医に報告して耳掃除のタイミングで診てもらったら、結果は悪性で手術適応になった。

 当時、苦手な皮膚病変を一生懸命学習していたのが役に立ったのかなと、今にしてみれば思う。

 私は先生たちや先輩看護師たちに褒められて、飼い主には感謝された。

 反面、徳縄先輩は気付かなかったことで患者に対する思いやりに欠け、救いたい意欲が希薄だと指摘されたらしい。
  
 その出来事から徳縄先輩の私に対する態度があからさまに変わった気がする。

 異動したことで、これからあまり徳縄先輩に会わなくて済むのは精神衛生上とても良いこと。
 
 しばらくして奥の診察室が開くと隼人院長が出て来た。

「貧乏くじしかいねぇのか、まさに貧乏くじ引いた。ボルベン貸して」
「はい、どうぞ」
「早くね? って、これボールペン。ボルベン持って来い、補液のボルベンだよ、ったく使えねぇな」
「す、すみません、ただいま」

 聞き間違いしちゃった。慌ててボルベンを持って来て隼人院長に渡した。
 
「非枝もポンコツだもんな。一年間コイツになにを教えてきたんだ。で、まともに保定出来んのか?」 

「出来ます、保定入ります!」

「お手並み拝見。使いもんにならねぇポンコツは非枝に突っ返すからな」 
 険のある鋭い目は本気でいらないって語っている。使えない人間に用はないって。

「はい! よ、よろしくお願いし、します」
「返事だけはいいんだよな」
 緊張でおどおど怯えてしまうほど隼人院長には威圧感がある。

 きっと普通の人は感じないんだろうけれど、私は敏感すぎるのか自信がないからか、隼人院長の前では空回りするんじゃないかと焦ってしまう。

「俺のこと苦手だよな、怖いんだろう? なぜキツい言葉で厳しくするか分かるか? この仕事なめんなよ」

 重い空気に息が詰まりそうなほど苦しい。