俊介先生の時も朝輝先生の時も視線が痛かった。

「キャァ、塔馬先生めちゃ優しいですね」
「困ってる子を見ると放っとけない。なにかあったときは、いつでも駆け付けるよ」

 敬太先生、これか。目的は自分いい人アピールのために、私をダシに使ったのか。
 抜け目ないな、調子いいんだ。

 私も敬太先生みたいに要領良くなりたい。

 歩きながら看護師と飲み会の約束を取り付けて、どんな時間も無駄にしない感覚派の人のフットワーク恐るべし。
 ダシに使われたけれど、重いプリントを持ってもらえたからいっか。

 敬太先生、受付まで持って来てくれて受付に粉かけまくって行った。まだ飼い主に手を出さないだけいいのかな。

 葉夏先生が知ったら烈火のごとく怒るよね。触らぬ神に祟りなし。

「阿加ちゃん」
 あ、前にいた非枝チームの先輩だ。

「見ちゃった、塔馬先生といい雰囲気だったね」
 実際は私のことなんて子ども扱い、眼中になしだよ。

「なにもないですよ。最初は隼人院長が持ってくれてたのに、重い疲れたって放棄されちゃいました」
 そこへ通りかかったのが敬太先生ってわけ。

「塔馬先生といるだけでも、あれだけ嫉妬されて反感買うんだから、院長とだったらと思うと」

「考えるだけで恐ろしくてゾッとします」

「戦慄が走るわね、明日の空気は吸えないわよ」

 先輩が言うことは、あながち嘘じゃなさそう。
 嫉妬や妬みで人間関係に疲れて退職する前例があったんだって、片手じゃ足りないくらいにね。

「あっ」
 なにか頭の中で弾けたみたいに先輩が声を上げた。

「院長は自分が一緒にいると、阿加ちゃんが妬まれて意地悪されるのが分かってるのよ」
 そうよ、そうに違いないってひとりで興奮している。

「誰も見てない場所では持ってくれたの。人目につくところまで来そうになって、阿加ちゃんが変な噂に巻き込まれないようにしてくれたの」
 
 先輩の中では推測が確信になったみたいな断定。

「実際、凄く重たかったから隼人院長、かったるそうにして疲れた疲れたって言ってましたよ」

 先輩の根拠ない自信がそのまま噂で流れないことを願って、事実を強調しておいた。

「照れ隠し」
「照れないし隠さないはずです、隼人院長なら」
 思わずみたいに先輩が吹き出す。
「阿加ちゃんって、たまに確信ついてくるよね。ピシャって」

「阿加さん、次の問診お願いします」
「はい」
「呼ばれたね、頑張って、またね」
「失礼します」
 先輩がどうか噂好きではありませんように。

 息付く間もなく診察室に入って、歳は六十代ぐらいだろうか柴犬を連れた飼い主を呼び入れる。
 
「おい! 遅いじゃないか、いったいいつまで待たせるんだ!」
 予約時間通りで診察室にお呼びしてもいいって話だったのに頭ごなしに怒鳴られた。