「もうあっちに行けって、貧乏くじ」
「本当に私はくじで当たったんですか?」

「くじ引きも貧乏くじを引いたのも事実。当たったは違う、ハズレだ。もういいだろ、五分だけ寝かせてくれ」

 腕時計を外してデスクに置くと、顔に雑誌をすっぽりかぶせて筋肉が盛り上がる両腕を組んで秒で寝ちゃった。

 こっちに戻って来いって感じで、朝輝先生が手のひらを団扇であおぐみたいに動かしている。

「朝輝先生、さっきおっしゃっていた飼い主にいちばん人気の先生ってどなたですか? まだ他に先生がいらっしゃるんですよね?」

 時計を置くジェスチャーをしたかと思えば、指は隼人院長をさしている。

「上から数えていちばんですか、下からですか?」
「上だよ。いいから、こっちにおいで」
 噂の隼人院長でも、行儀の悪さを見たら飼い主は下からいちばんになると思う。

「院長は救急で朝から手術だったんだよ。()が悪かったな」
「隼人院長の()がですか?」

「んんんん、阿加ちゃん、この幸せ者。おめでたいな、阿加ちゃんのだよ」 
 朝輝先生にソファまで連れて行かれて、俊介先生と三人で膝を突き合わせて話し始める。
 
「俊介先生、聞きましたか? 私、くじ引きでここに来たんですって、しかも貧乏くじ」
「阿加ちゃんからは悲壮感がまったく感じられないよ」
 そうでしょう、隼人院長の言う通りだもん。

「納得してるからです、私は本当にハズレの貧乏くじだからです」

「悲しいこと言わないの、この世の中で貧乏くじの人なんて誰ひとりといないよ、分かった?」
 俊介先生のソフトな声と手を握らんばかりの優しさに泣きそう。

「もう二度と言ったらダメだよ」
「はい」
「あとね、くじで異動を決めるなんてあり得ないから」
 馬鹿げているかもしれないけれど、私は本気で隼人院長は貧乏くじを引いたと思っていた。

「そろそろ時間だ、起こして来て」
「はい」
 チームに来て初めての指示に舞い上がり、ソファのバネに弾かれたように立ち上がり行きかけた。

「って、そっちじゃなくて、あそこのソファベッドの二人。院長は今寝たばかりでしょ?」
 私の肘を軽くつかまえた朝輝先生の声にまじって、俊介先生がこらえきれないみたいに声を殺して笑う。

「隼人院長は五分だけとおっしゃいましたよ?」
「言葉の綾で本当に五分ってことじゃないよ」

「そしたら、お二人を起こして来ます」
「ありがとう」
 先に敬太先生を起こそう。

「敬太先生、敬太先生」
 寝返りを打った拍子に腕がだらりと棒みたいに落ちて、真上を向いた厚い胸は呼吸でゆっくり動いている。

 すやすや眠っている顔には、なんのストレスもないって書いてあって羨ましくなる。
「敬太先生、敬太先生」
「んん、ほらおいで」
 一瞬で敬太先生の厚い胸に抱き寄せられた。