「ありがとうございます、いただきます」
 コーヒーを淹れてくれた俊介先生に恐縮して縮こまってしまう。

「今はお客さん。休憩明けたら、もう今後いっさいお客さん扱いはしないよ、覚悟しておいて」

 ハッとして声の主の朝輝先生に顔を向けた。
 顔を見れば冗談なのは分かるけれど、襟を正す勢いで背筋が伸びる。

「だからその困った顔やめて、可愛すぎる。安心したからって笑わないでね、笑顔はマジで恋に落ちるから」

 両眉を上げておどけて笑った朝輝先生が、笑顔を余韻に変えながら真顔で、また話し始めた。

人見(俊介)先生と大樋(おおひ)さんがいてくれるから、この綺麗な状態が保ててる」
 ベテラン看護師の大樋さんは、しばらくしたら戻って来るって。

 大樋さんもいい人って分かる。目の前のお二人が凄く幸せな顔で大樋さんのことを話してくれるから。

「俊介先生?」
「上目遣いで小首傾げないでよ、人見先生まで阿加ちゃんの可愛さにまいって恋しちゃうってさ」
「俊介先生か。初めて下の名前で先生って呼ばれて新鮮だよ」
「あれおかしいな」
 私の口から自然と独り言が出た。

「朝輝先生、確か下の名前で呼ぶルールでしたよね?」
「よく覚えてたね。いいから、いいから、頭で考えない」
 ぽんぽんって、軽く朝輝先生が背中を突付いてくるからくすぐったくて小さな声が漏れてのけ反った。

「いいね、殺伐とした景色の中に可愛らしい女の子女の子した子がいると」
 俊介先生のソフトな声が心地いい。

「ところでなあに? なにか気にかかることがあるんだよね? 言ってごらん」
 やっぱり俊介先生優しい。これからも質問は俊介先生にしよう。

「どうして私が院長チームに異動なんですか?」
 
「そんなん気にしないで、とりあえずやってみたら?」 
 俊介先生が教えてくれる前に朝輝先生が口を開いた。

 朝輝先生のひらめき通りにしたら楽なんだろうね。私には、とりあえずの初めの一歩さえ中々踏み出せない。

「阿加ちゃんも僕と同じく理論派だね、相談は僕にしたらいいよ。出来るだけ時間を作って乗る」
「俊介先生ありがとうございます」
 他愛もない話は朝輝先生にしよう。

「第一は人員不足。あとひとつは色々なチームをローテーションすると知識や経験を身に付けられるじゃん。要はスキルアップ」

「今の波島くんの説明も合ってる。固定メンバーが決まった仕事を続ける状態を避けるための入れ替えだよ」

 クリーレンでは理事長の方針で平均一、ニ年で異動させているんだって。

 最初は精鋭エリートチームに異動させた理事長を恨みそうだった。
 でも、私を非枝先生から引き離してくれたことをいつか感謝する日がきそう。
 それくらいチームの雰囲気が良い。

「阿加ちゃん、きみがここに来た理由。本人に聞いてみたら?」

 朝輝先生が親指で合図をした方向に視線を向けたら、不機嫌そうな態度でいかにも人を寄せ付けない無愛想な人が入って来た。

 怖いよ、あの人が道永院長なんでしょ。寸分の狂いもなく噂どおりの見た目だから、きっとそう。