まるで、大切な記憶が体の中を駆け巡っていくような感覚に襲われ、目の前が一瞬、白く弾け飛んだ。
「俺は……小春颯真(そうま)じゃない」
 そうだ……。俺は、大切な記憶を失っていた。
――〝やくも〟というワードを聞いたその瞬間、自分が赤沢八雲だった記憶が、滝のように流れ込んできたのだ。
 小春颯真として生きてきたいくつもの記憶が、ガラガラと簡単に剥がれ落ちていく。
 世界一大切だった人の笑顔が、高速なスライドショーみたいに、一枚ずつ浮かんでは無限に増えていく。
「俺……何してたんだよ……」
 どうして、こんなに大切な記憶を、ずっとずっと忘れていたんだろう。
 駅の改札を飛び出して、さっきの女の子を追いかける。
 ずっとずっと、探し続けている人がいる気がしていた。何かを忘れている気がしていた。
 その不思議な感覚が、今ようやく解き放たれた。
 俺が探していた人は、間違いなく、あの子だ。
――約束したんだ。どんな姿形になっても、君を見つけると。
「粋っ……!」
 前世の名前を自然と呼んでしまった。
 振り向いた彼女の目には、大粒の涙が溜まっている。
 粋はこっちを振り向くと、思い切り戸惑った顔を見せた。
「粋の生まれ変わり……だよな」
 息を切らしながら確認すると、粋は信じられないという様子で、黙って頷く。
「お、思い出したの……? 八雲」
 粋は思い切り目を見開き、涙で声を震わせている。
 八雲、と呼ばれて、全身に血が巡っていった。
「どうして、前世の記憶は残らないはずじゃ……」
「うん……。正直今まで、忘れてた。でもずっと、心のどこかで探してたよ」
 お互いに、見た目は前世の姿と全く違う。
 粋は前の大人びた容姿から、小柄で大人しそうな女の子に変わっている。
「八雲は……、ちょっと派手になったね。ピアス開いてるし」
「いやこれは、ただ兄貴に巻き込まれて……」
「あと、ちょっとたれ目になってる」
 気まずそうに自分の左耳のピアスを触ると、粋はふふっと小さく笑った。
 それから、「もう二度と誰にも粋って呼んでもらえないと思っていた」と、ぽつりとこぼした。
 俺は、肩を震わせている彼女のそばに近づき、そっと頬を撫でる。
 彼女に触れたら、不思議なことに、するすると忘れていた記憶が蘇ってきた。