午前の仕事を終え、昼食を買いにコンビニに向けて歩いていると遠くで警察官とガラの悪い中年の男がもめているのが目に入ってきた。男は警察官に対し、怒鳴り声をあげて喚き散らしていた。そんな普通じゃない状況に、行き交う人は目を合わせないように通り過ぎて行った。また、そんな異常な男をスマホで写真を撮ろうと野次馬が次々と集まり始めていた。話を聞いていると、どうやら中年の男がスリをしたのを偶然通りかかった男性数人が捕まえたらしく、警察官が事情聴取をしているようだ。ところが盗んだものがどこにもないらしく、男が〝誤認逮捕だ〟の〝人権侵害だ〟の言っているようだ。

「どうかされましたか?」

「上城先生――」

私は、いつも挨拶を交わしている感じの良い交番勤務の黒澤さんが気の毒になり話しかけた。

「実は――――」

黒澤さんは中年の男を気にしながら、私の耳元で事情を説明してくれた。

「あの方は?」

別の警察官と話しているお婆さんを見ながら、黒澤さんに尋ねた。

「ふむふむ、なるほど。あの方と少しお話をさせて頂いても?」

「どうぞ」

不思議そうな顔をしている黒澤さんを背に、お婆さんに話しかけた。
 
「という事ですけど大丈夫ですか?」

「わかりましたよ」

私とお婆さんは、犯人と思われる男を見ながらヒソヒソと話をした。

少しの間、男を見ながらそうしていた。

男は最初、不思議そうな顔をしていたが、しばらくすると慌てた様子で私たちに背を向けた。

そして男は被っていたニット帽をとり、手にしていた軍手を外していた。

「ちょっとよろしいですか?」

「何だ、てめえは?」

私とお婆さんのやり取りを見ていた男は、私の存在が気に入らないらしく直ぐにからんできた。

「私は精神科医の上城真一と申します」

「なっ、何で医者が話しに入ってくるんだ!」

「あなたが困っているようなので助けに入ったんですよ。あなたはスリをしていないんですよね?」

「もっ、もちろんだ! ただの言いがかりだ!」

目の動き、表情から推察するに、男はかなり動揺している様子だった。

「警察はあなたが、ここで捕まるまでの間に、盗んだものをどこかに捨てたと思っているようです。これから警察官が被害者の方と一緒に歩いてきた道を調べに行くみたいですよ。大丈夫です。私は、あなたがやったとは思っていません」

「勝手にやってろってんだ。俺には関係ねえ。さっさとしろってんだ。俺は忙しいんだ」

私は黒澤さんに耳打ちしてある事を伝えた。

それから駅へと続く真っすぐの道を黒澤さんとお婆さんは歩いて行った。

「どうなってんだ…」

男はその様子を見て、何やら呟いていた。

「この辺りでは、よくスリが発生しているので警察の方も厳重に警戒しているんですよ。あなたは、たまたま事件のあった場所に居合わせてしまった為に、こうして容疑がかかり疑われる羽目になってしまいました。運が悪かったとしか言いようがありません」

「全くだ。いい迷惑なんだよ!」

「この辺りは、よく来られるんですか?」

「あぁ、家が近いからな。この辺はよく買い物に来るんだ。俺の庭みてえなもんだ」