「おー、俺んとこは何ともない。種田のばあちゃんの代わりに買い出し行ったぐらいよ」
「そっか、何事もないならいいや」
「芽衣里、そっちこそ大丈夫か? 別荘があるとこ、確か土砂崩れが起きたって」
「巻き込まれる前に帰って来た。今ね、凌のマンション」
「あー…そりゃ残念だったな」
「ううん、またどこか行けるよ」
「凌さんは何て?」
「何か、帰ったら横手山さんから呼ばれて…打ち合わせに行った」
「じゃあ一回家に帰る?」
「そうする」
「そっか…まぁゆっくり休めよ」
「うん、じゃあね」
芽衣里は通話を切ると、メッセージアプリを立ち上げた。だがアップデートで通信にしばらく時間がかかると表示された。エントランスホールのソファから立ち上がれるのは当分先になりそうだ。
アイボリーカラーを基調としたエントランスホールには、ネイビーブルーのソファが二台だけ設置されている。背を合わせる二台のうち、芽衣里は出口に近いほうに腰を下ろしてスマートフォンと睨めっこしていた。
アップデートが済んだアプリは、未読が数十件もあると芽衣里に教えていた。確認すると、友人たちやサークルメンバー、バイト仲間からも連絡が来ていて、内容を見た芽衣里は眉を微かにひそめた。
…どうやら凌が、「芽衣里は精神的に参ってしまって、人前だと無理して明るく振る舞ってしまうから思い切ってしばらく休む」と連絡していたらしい。
連絡は軒並み「大丈夫なのか?」「無理しないで」がほとんどで、「また何か巻き込まれたの? 今度は何があったの?」と野次馬根性が透けて見えそうな言葉もあった。
(だから、大丈夫だって)
芽衣里はその一つひとつに、「自分はもう大丈夫、なんともない」というメッセージを丁寧な形に直して送った。詳細を知りたがる相手には、「思い出すだけで辛い、悪いけど話せない」と拒否する短めの言葉を返信をした。
返信を終えてしまうと、芽衣里はようやくソファから腰を上げた。スーツケースの持ち手をつかむと、ガラス張りの自動ドアへと歩き出した。
「ちょっと、失礼しますけど、貴女が真岡 芽衣里さん?」
芽衣里が風除室から外に出ようとした矢先、ある女性から声をかけられた。
しゃんと伸ばした背筋にきっちりと結い上げた髪は、厳格そうなご婦人といった容貌だ。低めの声は聞く人が姿勢を正しそうな圧があった。
「はい、そうですが」
芽衣里は少し上擦った声になってしまったが、しっかりと相手の目を見て答えた。
「はじめまして──凌の母で、光滝 敏代と申します」
芽衣里は目を瞬かせ、息を飲んだ。
「貴女にお話しがあって参りました」
芽衣里の戸惑いなど知らぬとばかりに、凌の母・敏代は澄ました顔で会釈をした。
「そっか、何事もないならいいや」
「芽衣里、そっちこそ大丈夫か? 別荘があるとこ、確か土砂崩れが起きたって」
「巻き込まれる前に帰って来た。今ね、凌のマンション」
「あー…そりゃ残念だったな」
「ううん、またどこか行けるよ」
「凌さんは何て?」
「何か、帰ったら横手山さんから呼ばれて…打ち合わせに行った」
「じゃあ一回家に帰る?」
「そうする」
「そっか…まぁゆっくり休めよ」
「うん、じゃあね」
芽衣里は通話を切ると、メッセージアプリを立ち上げた。だがアップデートで通信にしばらく時間がかかると表示された。エントランスホールのソファから立ち上がれるのは当分先になりそうだ。
アイボリーカラーを基調としたエントランスホールには、ネイビーブルーのソファが二台だけ設置されている。背を合わせる二台のうち、芽衣里は出口に近いほうに腰を下ろしてスマートフォンと睨めっこしていた。
アップデートが済んだアプリは、未読が数十件もあると芽衣里に教えていた。確認すると、友人たちやサークルメンバー、バイト仲間からも連絡が来ていて、内容を見た芽衣里は眉を微かにひそめた。
…どうやら凌が、「芽衣里は精神的に参ってしまって、人前だと無理して明るく振る舞ってしまうから思い切ってしばらく休む」と連絡していたらしい。
連絡は軒並み「大丈夫なのか?」「無理しないで」がほとんどで、「また何か巻き込まれたの? 今度は何があったの?」と野次馬根性が透けて見えそうな言葉もあった。
(だから、大丈夫だって)
芽衣里はその一つひとつに、「自分はもう大丈夫、なんともない」というメッセージを丁寧な形に直して送った。詳細を知りたがる相手には、「思い出すだけで辛い、悪いけど話せない」と拒否する短めの言葉を返信をした。
返信を終えてしまうと、芽衣里はようやくソファから腰を上げた。スーツケースの持ち手をつかむと、ガラス張りの自動ドアへと歩き出した。
「ちょっと、失礼しますけど、貴女が真岡 芽衣里さん?」
芽衣里が風除室から外に出ようとした矢先、ある女性から声をかけられた。
しゃんと伸ばした背筋にきっちりと結い上げた髪は、厳格そうなご婦人といった容貌だ。低めの声は聞く人が姿勢を正しそうな圧があった。
「はい、そうですが」
芽衣里は少し上擦った声になってしまったが、しっかりと相手の目を見て答えた。
「はじめまして──凌の母で、光滝 敏代と申します」
芽衣里は目を瞬かせ、息を飲んだ。
「貴女にお話しがあって参りました」
芽衣里の戸惑いなど知らぬとばかりに、凌の母・敏代は澄ました顔で会釈をした。