(どうして、あの桜は春が終わっても花を咲かせ続けていたんだろう……。それに、大切なことを何か忘れているような……)

ズキンッと咲也の頭が痛みを発する。ぼんやりとした記憶の中で、幼かった自分は誰かに笑いかけていた。それは誰だったのか?全く思い出せない。

(クソッ!思い出せない……)

幼い頃の記憶など、思い出さなくてもいいもののはずだ。だが、咲也の頭が何故か「思い出せ」と警告している。そのことに咲也が苛立っていると、バタンという音が聞こえた。

「浅葱様?」

浅葱からは何の応答もない。それどころか、帷の向こうで苦しげな呼吸音が聞こえてくる。只事ではないように思えた。

「ッ!失礼します!」

無礼を承知で咲也は帷の向こう側ーーー浅葱の住んでいる部屋に足を踏み入れる。豪華な調度品が置かれた広い部屋で、椿色の十二単に身を包んだ浅葱が倒れている。その顔は苦痛に歪み、呼吸はどんどん弱々しくなっているように見えた。