スプリングの効いたマットに彼女をゆっくりおろしてやろうとすると、楓は首に回した手に力を入れ、離れようとしない。

「おい、はなせ」
「ヤダ」
「酔いすぎだよ、オマエは。こんなんでよく無事に毎回帰ってこれるよな。俺が車で迎えに行けるときはいいが、そのうち誰かに持ち帰りされるぞ」

ふふふ

不意に彼女は笑い出した。

「そんなことみんなしないよ。むしろ、してくれたらいいのに」
「はぁ?何言ってる?」

彼女はするすると俺から降りると、自分でベッドに突っ伏した。 うつ伏せになった口元から、声が漏れる。

「……誰かにお持ち帰りされたら、そのほうが全然いいってことだよ」
「……意味がわからないな」
「わかんないならそれでいい……」

くぐもった声に。少し震えている肩に。
拳を、にぎりしめる。

「楓」

「……もう寝ました」

「かえで」

答えはない。俺は、大きくため息をついた。

「……女性が、そんな風にいうもんじゃない。だいじにしなきゃ、」
「斗悟さんじゃないなら、誰だっていいんだから、誰だって一緒だよ。大事でもなんでもない」
「おまえは、だいじな、預かりものだ。アイツの。だから……」


彼女は答えない。もう、眠ってしまったのだろうか。
静かに一歩近づくと、肩口からすやすやと穏やかな寝息が聞こえる。
下着姿の楓は、柔らかな肌を酒の色に染めている。剥き出しの肩のまあるくなめらかなラインと、キャミソールの紐がかかった肩甲骨が妙に艶めかしい。

いつの間に、こんなに綺麗になったのだろう。

とうごおにいちゃん、と呼ばれていたのが、いつからか斗悟さん、と他人行儀になった。尊敬と憧れの眼差しを目にいっぱい溜めて俺と兄を追いかけてきていた少女は、ある日その視線に甘さを滲ませていた。

それに気づいているのを知られないよう、自分の義務を毎日確認するようになった。
彼女の幸せだけを願っていなければならない。アイツの、兄の代わりになれるように。

俺は、決して見せるつもりのない感情を覆うように、背中まで布団をかけてやった。

頬に触れそうになる指をぎゅっと、押しとどめる。そして部屋を出た。

後ろ手に締めたドアの向こうから漏れるすすり泣き。

聞こえないふりをする自分に、俺は、いつか嫌気がさすのだろうか。