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彼女のくすくす笑いはやがて、寝息に変わっていく。
この子は立ったまま、寝ることができるらしい。

「おいおい、もうちょっとだから起きとけ!」
「んー ヤダ!」

くるりとこちらを振り返って、楓は俺の首に腕を巻きつけてきた。

「つれてって、おふとん…」

酔いで潤んだ瞳を向けられる。甘い酒の匂いにまじって、彼女の優しい香りがふわりと俺を包む。

なにかがこみ上げそうになるのを必死に抑えて、おさえこみまくって俺は、彼女の膝をかかえ、ぐいっと抱き上げた。お姫様抱っこというのは照れ臭いから、荷物みたいに片手で担ぐ。

そんなに苦ではないのは、日頃時間があればジムに行っているおかげだ。
三十の男がいつでも大事なものを守れるように、と必死に考えた結果が身体を鍛えることだったが、今のところ、酔った親友の妹を抱え上げることにしか使っていない。

「わぁ、高い!じめんがたかいねえ…… 斗悟さん、せがたかいねえ」

ふわふわした声が背中で聞こえる。

「俺は別に、そんなに高くない」

こいつの兄貴の方が3センチ高いし、筋力もあるはずだ。大事な友であり、ライバルでもある。そして、俺の大切なひとと血が繋がっているという、喉から手が出るほど欲しいものをこの世で唯一持っている男。

突然沸いた、灰色の感情を遮るように、俺は彼女を抱き直した。
「高いよ、背、がっちりしてて、だいすき」

酔いに任せて好き勝手なことを呟く楓を無視して、ベッドルームのドアを乱暴に開ける。
彼女が引っ越してくる時に大きなベッドを買い足した。余っている部屋を彼女の部屋に作り替えるのはとても楽しく、新しい事業を手掛けるのと同じくらい気分が高揚した。
部屋を見た彼女の嬉しそうな悲鳴をきっと俺はずっと忘れない。

でも最近はすこし、苦しい。