これは、お互いがほんの少しだけ勇気を出して向かい合っていたら、のお話。




【side E】

「これからよろしくね」

「う、うん、ヨロシク……」

 私は今日、婚約者となる子爵家次男君に手を差し出した。
 きゅっと結ばれた手は温かくて、優しい気持ちになれる気がする。

 それから私たちは交流の為に週一度のお茶会をする事になった。
 けれど、婚約者となった彼は次第に欠席するようになった。

 だから私は彼の家に行く事にしたわ。

「こらー!お茶会サボるってどういう了見かしら!?」

「うわぁっ!」

 ばたんっと彼の部屋の扉を開けて、つかつかと乗り込む。
 彼は机で勉強しているみたい。女の子と遊んでるわけじゃないのは良かったわ。

 でも私は怒っているのよ。

「婚約者として交流しましょうってお約束、ちゃんと守りなさいよ」

「え…でも、僕勉強……」

「根を詰めて机にかじりついてもいい結果は出ないわ。休憩と気分転換は必要よ」

 無理矢理にでも私は外に連れ出した。
 子爵家の庭には沢山の花が咲いているから。

「お花はね、咲く時期が決まっているの。
 今の時期しか見れないお花が沢山あるのよ」

 私たちの間をさぁっと優しい風が通り抜ける。
 その様に彼は目を細めた。

「……ホントだ。ちょっと前に見たときと変わってる」

「でしょ?机でのお勉強も大事だけど、こうして現地に行くのも大事なのよ。
 数字とにらめっこしてても気付かない事に気付いたり、煮詰まった時は頭が晴れたりするわ」

 そう言うと、彼はハッとしたように目を見開いた。
 それからバツの悪そうな顔をして。

「……ありがとう、追い詰められてたのが何か晴れたみたい」

 ぷいっとそっぽを向いたけど、耳は赤くなっていた。
 そんな彼が愛おしい。

「ねえ、一人じゃダメな事も、二人だとできるかもしれないでしょ?
 だから沢山話し合いましょう。
 いっぱい話して、いっぱいケンカして、いっぱい、いっぱい話すの。
 いい事も悪い事も、嫌な事も全部!」

「なるべくケンカはしたくないなぁ」

「私もよ。だから沢山話すの。嫌な事があったらすぐに言うの。お互いにね。
 そして解決策を考える。そしたらきっと、一人で悩むより解決するのが早いと思うの」

「……でもかっこ悪くない?」

「悪くないわ。むしろ頼られて嬉しいわ。私を必要としてくれてる、って張り切っちゃう」

「……そっか」

 そう言って、私の婚約者君はツキモノが落ちたみたいにスッキリした顔になった。

「僕ね」

 彼は上を向く。

「僕、多分君に情けない姿いっぱい見せると思う。でも、カッコ悪くても、へこたれても、君がいるなら頑張ってみるよ。
 ……だから……その…」

 顔を赤くして、何度も瞬きをして。

 くるって私のほうを見た。
 耳まで真っ赤だけど、真剣な顔をした彼にどきりとする。

「ぼ、僕と、結婚してくださいっ」

 瞬間、二人を包むようにぶわっと風が舞った。
 辺りに咲いた花びらたちが私達を祝福しているみたい。

「もちろんよ!ふふっ、もう、私たち婚約者なのよ」

 面と向かって言われて、私までつられて顔が赤くなって。
 恥ずかしくて下を向いた。


 そしたら、彼が私の手を握ってきた。

「そうだけど、僕から言いたかったんだ」

 繋いだ手が温かい。
 心臓はトクトクと、いつもよりちょっと早いかもしれない。
 でも、何だか心地良い。
 だって、隣にいるのは、大好きな貴方。

 ちらりと彼を盗み見る。

 彼の顔は今にも湯気が出そうなくらい赤くなって、体はかちかちに固まっていた。
 ちょっと心配になったけど、少し震える繋いだ手はぎゅっと握られていた。





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【side F】


 あれから沢山話して、沢山ケンカして、沢山仲直りした。

 僕はすぐ悩んでしまって、くよくよしていたけれど、彼女はいつも僕に寄り添って励ましてくれた。
 ときには……いや、しょっちゅう彼女から叱られた。
 でも、それでも僕を見捨てないでくれたんだ。

 僕にはあまり目立った才能は無い。
 どちらかと言えば欠点だらけの面倒くさい男だと思う。
 兄さんにも散々言われた。
 けど僕は僕を諦めなかった。
 僕を選んでくれた彼女が色々言われない為に、強くなろうって決めたんだ。

 おかげで粘り強さとかしつこさはピカイチになれたと思う。

 彼女のお父様も僕が必死に喰らい付くから半ば呆れられながらも様々に指導して下さった。
 正解に辿り着くまで何度もやり直して、成功を積み重ねたら段々自信もついてきた。

 年頃になると彼女は誰よりも光輝いて眩しくなった。
 彼女の周りは常に人であふれていて、異性からも大人気だ。
 僕は彼女を男共から守る為に身体も鍛え始めた。

 ある時隣国の視察団歓迎パーティーがあって。
 王太子の側近だという方が彼女をずっと見ていたから気が気じゃなかった。
 だから僕はずっと彼女の側にいて、手を繋いだり髪に口付けてみたり、思いきって腰を寄せてみたりした。ちょっと牽制してしまったんだ。
 余裕が無さ過ぎて情けない。

 でも彼女は顔を赤くして嬉しそうにはにかんでくれたから僕としても役得だった。

 それ以来その方の姿は見ていない。
 きっと彼女に惹かれていたのだろうけど、でも彼女だけは渡したくないんだ。



 そんなこんなで、今日は僕たちの結婚式だ。
 ずっとこの日を待ち詫ていた。

「きれいだよ。……すっごく、輝いてて。女神さまみたいだ」

「貴方も素敵よ。ふふっ、すっかり逞しくなっちゃったわね」

「君を守る為に強くなりたかったんだ。……似合わないかな?」

「いいえ、どんな貴方も愛しているわ」

 その言葉に僕は舞い上がってしまって。
 つい妻となる彼女をお姫様だっこしてしまった。

「きゃあ!」
「僕も愛しているよ」

 そうして口付ける。
 額に、頬に、くちびるに。

「も、もう、ちょっと!お化粧とれちゃうわよ!貴方に付いちゃうし!」

 それでも抵抗らしい抵抗を見せない彼女が益々愛おしくなって。

 僕は思い切り抱き締めた。


「ありがとう、僕を選んでくれて」

「…貴方も……ありがとう、……無茶言っちゃってごめんね。でも、たくさん頑張ってくれてありがとう」

 再び彼女に口付ける。

 嬉しくて幸せで、僕の頬に雫が伝った。


「もう、ホント、泣き虫さんね……フェリクスは」

「何でかな、すっごく幸せで、嬉しいんだ」

 彼女は困ったように笑ってハンカチで僕の涙を拭った。
 そうして僕の頬を持ち、彼女から口付けられようとした時。

「お前らいつまでイチャついてんだ!!式始まるぞ!?」

 兄さんの怒声で我にかえってパッと離れた。
 ある意味止めてくれて良かったかもしれない。
 心臓はバクバクだ。

 すると彼女は堪えきれないというように笑い出した。
 瞳にうっすらと涙が浮かぶ。

 僕は深呼吸して息を整えた。


「じゃあ、行こうか、奥さん」

「む、奥さん、じゃなくて。ちゃんと名前を呼んで」

 未だに気恥ずかしくて中々呼べないけれど。

 ほんの少しの勇気を出す。

「行こう、エヴェリーナ」

 手を差し出すと、エヴェリーナはそっと重ねてくれた。

「行きましょう、フェリクス」


 そうして僕たちは、光の中へと歩き出した。















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彼の救済をもう少ししたくて書いたものです。

お目通し頂きありがとうございました。