泉にイジられるくらいなら、さっさと帰っておくんだった。

はぁ、もう最悪。

居心地が悪くて泉の方を見れずにいると、首筋に冷たい感覚が走った。



「ひゃっ」



驚いて振り向くと、今度は頬にその感触が当たる。



「ん、どーぞ」



見れば、私の好きなオレンジフレーバーのミネラルウォーターを手にした泉が少し眉を下げて笑っている。



「え、私に?」

「そ。好きでしょこれ」

「……好きだけど」



これ、いつ買ったんだろ?

もしかして、けっこう前から見られてた?

もしかして、全速力してたのも見られてた?

それよりも、泣きそうなのも見られてたかな。


ますます気まずくてそれを受け取らずにいれば、泉はキャップをあけて「ほら」と差し出してくれた。


私はおずおずと無言で受け取って口をつければ、オレンジの爽やかな香りとひんやりとした気持ちのいい液体が喉を潤してくれた。



「おいし……」



思わず呟くと泉が優しげに目を細めるから、それは見覚えのある風景に重なって心臓がぎゅっとなる。



「すげぇ汗だく」



泉の手の甲が私の前髪を攫って額に浮いている汗をぬぐってくれる。

また心臓が縮こまって動きが止まる。


ごめん、泉。ごめんね。


心臓がきゅっと鳴るたびに申し訳なくて泉の顔をまっすぐ見ることができない。

……泉の向こうにいるあの人を見てしまっているから。



「……そんな必死になることないのに」



想像と違ってあまりに私を心配してくれているように聞こえるから、さっきせっかく閉じ込めた熱がまた溢れそうになって慌てる。



「う、うるさいっ」



わざと雑に言い放って、もらったミネラルウォーターをぐびぐびっと流し込む。



「はは、いい飲みっぷりじゃん」



前かがみになって自分の腿に肘を立て頬杖ついた泉は楽しそうに声を出して笑った。