「……髪まだ濡れてる」
泉の手が髪に伸ばされたから、その手が私に触れる前に一歩下がって遠ざけた。
「もう平気だから、ありがとうね」
「でも、」
「ほら、買い物途中なんでしょ?」
隣にいる女の子へ視線を向けて「すみません、お騒がせしました」と頭を下げる。女の子は慌てて「そんな、大丈夫ですか?」ときれいな髪を揺らして、眉をハの字にして心遣いをくれる。
ちくりと胸の奥が軋んだ気がしたけれど、きっと気のせい。
口を横に開いて明るさを顔にのせ、なるべく軽い口調で言う。
「ほら、あっちでも泉を呼んでるよ」
少し離れた場所から「おーい、どしたよー」と泉の友達だろうか、こちらへ歩いてくる泉と同じ高校の制服をきた男女のグループが見えた。
「もう、行って」
「莉世、」
「いいから、早く行って」
強めに言えば、泉がぐっと空気を飲み込むのがわかった。
「…な、んで…」
泉が小さく何かを呟いたような気がしたけれど、聞き返すことはしなかった。
重い、濡れた髪も、雫が伝った肩も、なにもかもが重くてしかたがない。
私が黙ったままでいれば、泉はゆっくりと息を吐き出した。
「……わかった」
泉は隣にいた女の子を促して、友達グループの方へ振り返らずに歩いていった。