Rain shadow─偽りのレヴェル─





そんな生意気な後輩を叱ることなく、困った息を軽く吐いた彼もどこか柔らかい顔をしていた。



「んで、どしたの」


「ぼ、僕がいるときに……隣の部屋に女を連れ込むのだけは…やめろ、」



先ほどまでとは違う意味でしーんと、空気が凍った。


溶かすように「はははっ」なんて軽い笑いがあとから聞こえる。

わたしはどうにか平常心を保ちつつも、きっと顔は真っ赤だろうからそっぽを向いた。



「わっ…!な、なんだよ、」



ずいっと近づいてくる佐狐。

やっぱり誰を見ても整ったルックスをしているから、そこに混ざってRain shadowとして生きるのは気が引ける部分もある…。



「…佐狐、」


「なぁに」


「おまえの銀髪……すごくきれいだ、」


「……」



狐の尻尾みたいにサラサラしてる。

まるで白い狐だ。
神社の前に構えているような。



「なら触る?隣の部屋でならもっと色んなとこ触らしてあげるよ」


「へ?」



すると、ずっと横に伸びていた目が縦に動いた。

切れ長の瞳は赤矢とは正反対だ。

赤矢はわりと童顔に見えるときもあって、佐狐は逆に大人っぽくて妖艶。



「君もそーいうの、興味あるんでしょ?」







興味……?隣の部屋……?

隣の部屋って、わたしが知るかぎりその教室にはダブルベッドしかないんだけど……。



「なっ、僕は女なんか抱かない…っ!!」


「いや冗談だって。そんな照れる?俺さー、怪しいと思ってたんだよ最近の爽雨くん」



と、表情を戻してスッと距離を空けたキツネ。


怪しい……?


そういうつもりで言ったんじゃないし……、
って、どうしてあなたはそんなにも引きつった青白い顔をしているの。

心なしかわたしから離れた距離がすべてを表してる気がするのは……気のせい…?



「怪しいって、なにが…?」


「ごめんね爽雨くん。俺は確かに博愛主義的なところがあるし、わりとマニアックなのも好きなんだけど……、さすがにそれはキツいかなあ」



さっきからこの男はなんの話をしてるの…?

理解していないわたしにくすっと笑ってケラケラ響かせた、Foxのめんどくさい総長。



「いやー、それって女じゃなく男なら抱くってことだよね?それとも抱かれるほう?」


「………。───っ!!」



気づいてからは早い。

わたしの悲鳴のような否定の叫びが、アジトいっぱいに響いた。


















「…………」



本当にこんなのがあるんだ…と、1周して感心してしまった。

下駄箱でもなく、ロッカーでもなく、誰かに手渡されたわけでもなく。


それは隠すことなく机のうえに堂々と置かれている、四つ折りに畳まれた厚手の紙を見つけた朝。


“果たし状”と、表面には筆のような太い文字でそう書いてある。



「おー、わざわざ手紙なんて律儀なやっちゃなー」



果たし状を手にして固まっているわたしの背中、ひょっこり顔を出して覗き見てくるひとり。

このクラスメイトだって一応はRain shadowでもあるはずなのに、まるで他人事のように言ってくる。



「……赤矢、お前のところの仕業…?」


「ちゃうわ。うちのもんはそない面倒なことせえへんし。それにどう考えたって、その果たし状はおまえ個人宛やん」



そこにはしっかりと“水本 爽雨”と、名指しだった。



「文句あるんなら直々に相手してやるとか煽った結果やな」


「……」



……確かに言ったけど。

あれは言葉のあやというか、もちろん嘘ではないとしても…。

でもこれって確実に物理攻撃のお誘いだよね…?







どうしよう…。

こういう場合って、話し合いで決着をつけましょうって言って通じるもの…?


うん、そんなの考えなくても分かることだ。

答えはノー、1択。



「どーするん?大人しく尻尾巻いて逃げるんか?」


「…まさか。僕は参謀だ、たとえRavenの仕業だとしても僕はぜったい逃げない」


「……だからオレらはそないチマチマやらん言うてるやん」



そんなの分からない。

こうやってまたわたしを試しているのかもしれない。

どこかの狐さんみたいに。


疑いたくないけど、わたしたちはお互いに疑うことは大切でしょう?



「ま、がんばりーや」



ぽすっと、また頭に手を乗せられる。

その意味深な応援にどこか苛立ちさえ募って、「やめろ」と少し睨みつつ言ってみれば。



「なんか癖になんねん、おまえの髪。柔っこくて気持ちええわ」



癖って……。

女だということを勘づかれそうで、わたしは毎回落ち着かないのに。



「……赤矢。なら毎日乗せていいから、反乱なんかやめてRain shadowに戻ってくれ」


「…ははっ、考えとくわ」



やっぱり掴めそうで掴めなくて、仲良くなれそうでなれない。

それが烏間 赤矢だと思う。







だとしてもわたしを敵対視しているわけではなく、本当に楽しいことが好きなキャラクターだとは理解してきた最近だった。



「まさかお前、ここでも話し合いでケリつけるとかふざけたこと言う気ちゃうやろな?」


「…そのつもりだよ」


「なんでや、ここではそんなもん通用せんってことはお前が散々わかっとるはずやろ。
……それがお前の失敗やったんや爽雨」


「え…?」



トーンを変えて静かに静かに落とされた声は、きっと本音なのだろうと。

わたしが顔を上げたときにはもう背中を向けてしまっていた。



「赤矢!」



これから授業が始まるというのに教室を出て行こうとする黒パーカー男へ、止めるつもりはなかったが名前を呼んだ。


「なんや」と、足を止めて振り返ってくれる。



「そうかもしれない、でも僕はもう…今までの僕じゃないんだ」


「……」



わたし、やめたんだ。
完全にお兄ちゃんになるのはやめたの。

わたしはわたしとして水本 爽雨になる。


たとえあなた達が知っている、求めている参謀じゃなくなってしまったとしても、それ以上の参謀になりたいって。







そこまでは言えないけれど、赤矢、わたしは君が揃ったRain shadowを見たいから。



「また、いつでもアジトに来ていいから。みんな赤矢を待ってるよ」



ゲーム、赤矢がいなきゃ面白くないって佐狐もたまに言ってる。

赤矢が揃わないとビリヤードだってダーツだって盛り上がらないって。


そんなドアの前に立ち尽くした赤矢は、ゾクッとするほどの真剣な面持ちに変わっていた。



「…んなら、お前はその果たし状の大元が誰かって予想ついてるん?」


「……たぶん僕に文句がある連中だと、」


「ちゃうわドアホ」



まるでわたしの考えは甘いと、一刀両断するようにバッサリと切り捨てられた。



「いまのお前が想像もできんような人間が実は大元やったりするんや。
…オレはそれがなんとなく見えとるから、そんなRain shadowには戻りたないねん」



佐狐も赤矢も、そんな言い方をしたらRain shadowのなかに黒幕がいるって言っているようにしか聞こえない。


なにを隠しているの。

あの組織にはいったい何が隠れているの。



「なんで…戻りたくないの?それが怖かったりするの、か?」


「なんでそうなんねん。そいつの気持ちも分かるからこそ、誰もどうすることもできへんのや」







聞きたいことが上手くまとまらない。

なんの話をしているのかと、今のわたしはそこから分かっていないから。


言葉を詰まらせたわたしを見て、赤矢は悔しそうに続けた。



「オレだってそうや、それはどちらかを庇う行動にしかならへんから。…だったら何もせえへんほうがマシやろ」



教室内は静まり返っていた。


このクラスは半数以上がRavenだから、そんな総長の珍しい姿を前に動揺を隠せられないのだろう。

それはわたしも同じ。


赤矢は誰と誰のことを言っているんだろう。

少なくとも2人以上はそこに入っていると、わたしは解釈した。



「結局は最終的にぜんぶ崩れる未来しか見えへんねんオレには。…そんなの悲しいやんか」



もしかするとカラスの目の良さは、彼らの中でいちばんかもしれない。

みんなが隠そうとしているところを高い場所から見ることができてしまうから。


きっと見たくなくても、見えてしまう。



「っ、赤矢!必ず僕がぜんぶを救ってみせる…!ぜったい誰ひとり欠けさせない…、
お前が戻ってきたいと思うようなRain shadowを作るから…!!」



切なそうにはにかんでから、1羽のカラスは飛んでいった。







───それはそうと、この果たし状だ。


呼び出されたのは明日の放課後、たった1人で屋上に来いと。


相手が誰かすら分からない。

GhostかRavenか、FoxかViperか。


Foxはあれから本当に問題を起こさなくなって、小さな喧嘩がいつも校舎内のどこかしらで行われているだけ。

大きな事件という事件はない平和と言うには違和感がありつつも、平凡ではある毎日を送っていた。



「…自分で確かめるしか、ないよね、」



初めてもらったお手紙?は机の引き出しにしまいこんで、とりあえず見知った顔を探す。


そんな昼休み。

まず発見したのは血が通ってないんじゃないかと心配すぎる肌をした、まだそこまで慣れていないひとり。



「水本に文句があるやつ…?」


「はい、Ghostにそういう人間はいるかなって、」


「……なにかあったのか」



わたしの顔色を伺ってくる霊池 仁は、前に立たれてしまうと影で覆い尽くしてきそうだった。


大きい……。

180センチ近くあるんじゃないかと思う身長と、それに合わせて彼はガタイが良すぎるのだ。



「いえ、知らないならいいんです。ごめんなさい霊池先輩」


「………水本、」