Rain shadow─偽りのレヴェル─





それは日本語にすると“雨陰”。

生意気な参謀の表情は、キラキラと太陽の光が降り注ぐなかに降る雨みたいだった。


いつかに爽雨は俺に話してくれたことがあった。


昔っから泣き虫で困り者な双子の妹がいるって。

そいつも名前に“雨”という字が入っていて、けれど自分とは違ってあまり良い意味を持たない語呂合わせだから。


昔から名前でいじめられていた───と。



『かっこいいっ!!爽雨くんっ!すごいよ!私この名前すっごく気に入った!!』


『えー、朱雀のトップが使うにしては爽やかすぎじゃない?ねぇ赤矢』


『ええんちゃう?ギャップってやつやん!!なぁ仁!』


『あぁ、俺はとくになんでも』



そして最後は、最高司令塔である俺の許可を全員が期待の眼差しで待っていた。



『お前、わりとシスコンだよな』


『ふっ、…だれが』



やっとここまで来たと、俺たちは拳を合わせる。



『よっしゃ!決まりやっ!!』


『やったーーっ!!遼ちゃんと仁ちゃん!ジュース買ってきて!!』


『……ねぇ翠加、俺たちが君より先輩なの知ってる?』


『炭酸でいいか。行くぞ佐狐』


『え、ちょっと仁くん、』



Ghost、Raven、Fox、そしてもうすぐViperの総長が揃う。

最高司令塔と参謀がいて、みんなを手懐けてしまうようなお転婆なお姫様がひとり。



俺たちは今日から、Rain shadowだ。







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セミのこえ、あちらもセミで、ここもセミ───。

脳内に作り上げた俳句のひどさに、ため息すら吐けない暑さが際立つ夏。


気づけば夏休みに入っていた。



「あとはバニラエッセンスとバルサミコ酢……、もう、どこにあるか分からないのばっかりだよ、」



お母さんからお使いを頼まれたスーパーマーケットにて。


バニラエッセンスはギリギリ予想できるけど、バルサミコ酢ってなに。

バルサミコ酢……、

つぶやくだけで頭くらくらしてきた。



「にいちゃん!めんつゆ無かったからこれにした!」


「さんきゅー赤帆(あかほ)!…って、ちゃうわ!これバルサミコ酢や!!どっから出してくんねんっ!
めんつゆの代わりにバルサミコ酢持ってくる幼稚園児なんか聞いたことないわ!!」


「あははっ!!にいちゃんのツッコミ世界イチーーっ!!」



ありがとうバルサミコ酢。

いや、そこのわちゃわちゃ賑やかなご家庭さん。


この地域で関西弁はすごく珍しいけど、わたしは学校でも毎日のように聞いていたから新鮮味はそこまで感じなくて。







「当たり前や!てかバルサミコ酢て何に使うねんてっ!!…ん?おい赤菜(あかな)、赤太(あかた)がおらへんぞ」


「ええっ!?ちょっとお兄ちゃん!ちゃんと見ててよ!!あの子どこ行くか分かんないんだから!」



買い物かごいっぱい。

カートから飛び出すくらいの爆買いをしている様子は、見ているだけで微笑ましい。


小さな女の子と、中学生くらいの女の子、そしてよーく知ってる男がひとり。



「んなの言われてもしゃーないやろ…!!赤太の扱いはお前のが上手いやん!!」


「いーから探してきてっ!買い物はあたしがやっておくからっ!!」



とりあえず面白そうだからついて行くことに。

バルサミコ酢の場所も覚えたし、見慣れたクラスメイトの思わぬ一面が知れそうだったから。



「うわぁぁぁんっ!!にいちゃぁぁぁ!!」


「うるせェんだよガキ。てめェからぶつかって来たんだろーが」


「ひっく、うぁぁぁぁん……っ」



柄の悪い男が見下ろす地面に、しりもちをついた男の子が泣いていた。

まだ小学校に上がりたてくらいだろうか。


小さな両手はしっかりとめんつゆを抱えていて、たまらなくなって思わず駆けつけようとすれば───







「っ…!」



それよりも先に素早い動きがわたしを追い抜かしていった。


わずかな一瞬に目にした顔。

いつもの陽気な姿からは想像できないくらいの殺気が立っていて。


それはRavenの総長、烏間 赤矢だった。



「おい、なにしてんねん」


「あー?だれだテメェ」


「にいちゃん…っ!!───あいだっ!!」



と、まさかの赤矢は泣いていた弟の頭に容赦なくげんこつを食らわせた。



「なにすんだ…っ、うわぁぁぁんっ!」


「うっさいわドアホ!!またちょこちょこ動き回りやがって!!
そろそろ首輪つけたるで!?明日から買い物ちゃうくてお散歩したいんか!?」


「いやだっ!!にいちゃんがドアホっ!!」



え、ちょっと、そこで兄弟喧嘩……?

店員さん困ってるし、お客さんだって困ってるし、でもなんか微笑ましいし…。


だとしても大人のチンピラを前にしても怯えもしないところがまた彼っぽいなって。



「おいおい兄ちゃん聞いてくれよ。そのガキがよー、俺の足を踏んだくせ謝ってくれねェんだよ」


「……赤太、そうなん?」


「ちがうっ、先に“退け”って言ってオレのこと押したのはそいつだよっ!」


「…せやろな、お前はちゃんと謝るべく人には謝れる子やし」







どうなる……?
どうするの、赤矢。

こういうとき、あなたならどうする…?



「赤太、めんつゆ落としたら今日の夕飯はおかわりナシやからな」


「う、うんっ」


「はよ姉ちゃんとこ行き。ここは兄ちゃんに任せろ」



赤太という、赤矢によく似た男の子は駆けていく。


だとしてもここは公共の場だ。

朱雀工業高校だったのなら、そんなのお構い無しに今にも飛びかかっていただろうけれど。



「とりあえず、店出ようや」


「ぁあ?靴の弁償はしてくれるんだろうな?」


「…いいから出ようや。な?」


「おい聞いてんのか───…っ、!!」



胸ぐらを掴んだ男の顔は途端に怯えて青白く変わるものだから。

赤矢がどんな顔をしているのかと気になって、思わず視線を移してみる。



「っ、」



その口元は引き上げられていた。

けれど、先ほどとは比べ物にならいない殺気と隠せれていない気迫。

おでこに浮かび上がるように青筋がピキピキと浮き出ていて。



「なあ、はよ出ようや。オレのタガが外れんうちに。
面倒やから完全に外したないねん。2日寝込む羽目になるんや、オレが」


「ひぃ…っ」


「まぁお前は、…2日どころちゃうやろうけどな?」







そんなにも低い声を出すのかと、遠くから見ていたわたしですら震えた。


──────ドガッッッ!!!


どこからか響いてくる音。

スーパー内の平和な音楽に混ざって聞こえた今の音は。



「ママー、いま外からすごい音しなかった?」


「事故かしら…?怖いわねぇ」



………まぁ事故って言ったら事故なんでしょうけど…。

なんていうか、たぶんそれとはまた違った事故なんじゃないかと。


やはりあの男はRain shadowの幹部であり、完全なる総長だった。



「……なんでお前がおんねん」


「はは、バッタリ会うなんて奇遇だな赤矢」


「……なんで家までついてくんねん」


「…成り行きで」



どんな成り行きや───と、ふて腐れた顔をされてしまった。

だとしてもわたしの手は赤帆ちゃんが離してくれないんだから仕方ない。


あのあと気になってスーパーの裏手に顔を出せば、案の定チンピラがコテンパンな姿で倒れていた。


それからなんとか店員さんに誤魔化したのはわたしだ。

そんなことをしていれば5歳の女の子はキラキラさせた目で手を握ってきて。


で、一緒に夕飯を食べることになった今。







「今日カレーなの!そうくんカレーすき?」


「うん。好きだよ」


「うちのカレーはね!ぜんぶ甘いの!」


「あ、そうなんだ。甘口も美味しいよね」


「うんっ!!」



かなり立派な一軒家だった。

兄妹が多いと家もそのぶん大きくなるのかな…なんて思ったけれど。


そういえば瀧以外は、比較的裕福層な息子さんなんだっけ…。



「赤帆と赤太!ほらテーブル片付けてスプーンとコップならべて!爽雨さんの分もよ!」


「うんっ」


「はーい」



まるで小さなお母さん。

キッチンに立っているのは中学2年生の女の子、赤菜ちゃんだった。

もうひとりは小学校1年生の赤太くん。


面白いのは、この兄妹はみんな名前に“赤”がつくこと。

それはわたしたち兄妹も同じだ。



「うち、母親おらへんねん」



ぽつりと、兄妹たちを見つめていた赤矢は落とした。



「オレが中3んとき、知らんけど出て行ったわ」



僕のところも似たようなものだ。

だけど、その言葉は言わなかった。



「ほんで父親は海外赴任で日本から離れてんねん。やから、ここにおるのはオレたちだけや」


「…そっか、」


「ま、別に兄妹いっぱいで気楽で楽しいからええけどな!」