「……いつも通り寝室でいいじゃない」

 わたしのシングルベッドでは、身体の大きな彼とふたりで寝るのは無理だ。だから「そういうこと」をしているときを除いて、彼は床に布団を敷いて寝ていた、というのに……。今日に限って寝室ではなくリビングとは。一体どういうつもりなのか。

 静かに抗議すると、彼はつり目がちの大きな目を真っ直ぐわたしに向け、神妙な面持ちでこう言った。

「昨日オンデマンドで、心霊の投稿映像を見たんだ。その中に、ベッドの下に霊が潜んでるってのがあって。俺ここに泊まるとき、いつもベッドの横に布団を敷くだろ? そうすると、ベッドの下が丸見えになるんだ。昨日の今日だし、怖いから今日はリビングで寝るわ」

「え……」

 どうしてそんなことを言い出すのだ。そんな話をしたあと、わたしを一人で寝室に行かせる気か? 鬼か?
 でもこれはまずい提案だ。一人で眠りたくないから彼をここに留めたというのに、同じマンションの一室とはいえ別室で就寝とは。そんなこと、あっていいはずがない。

 こうなるなら、素直に「怖いから泊まってほしい」と言えば良かったのだけれど、彼の忠告を聞かずにホラー映画を観たことを咎められたくなくて、結局素直になれないのだ。


「……じゃあわたしもリビングで寝るよ」

 今さらカミングアウトするのは恥ずかしくて、どうにか同じ部屋で寝るためにそう提案すると、彼は仏のような笑顔でわたしの肩に手を置き、首を振った。縦にではない。横に、だ。

「いいからベッドで寝な。布団は一組しかないし、ソファーで寝たら身体痛くなるだろ。仕事に支障が出たら大変だから、ゆっくりベッドで寝るべきだと思うよ。な」

「……」

 仏のような笑顔で、わたしの身体を案じているようにも見えるけれど……。違う。真逆だ。

 彼は最初から、わたしがホラー映画を観たせいで、一人でいられなくなっていると分かっていて、最初から待っていたのだ。わたしが素直にお願いするのを……。


 こうなってしまえば、するべきことはただひとつ。恥ずかしがっている場合ではない。彼の忠告を無視したことを気まずく思っている場合ではない。
 床に両手をつき、頭を下げ、謝罪と懇願を出来得る限り声に乗せて、こう言った。

「お願いします、一緒に寝てください」

 すると彼は、先程までの仏のような笑顔を、悪魔のような不敵な笑みに変えて「添い寝代、高いよ?」と言ったのだった。