前置きはこのくらいにして、本題に移る。

 問題が起きたのは、この日の夜のことだった。
 昼間観たホラー映画の映像がフラッシュバックして、一人きりになるのが恐ろしくなってしまったのだ。

 だからどうにかして彼に泊まってもらおうと画策した。

 バラエティー番組を観て大袈裟に笑い、タレントたちの発言にいちいち反応し、今まで一話も観たことがない連続ドラマを観て、それを参考に彼に寄り添ってみたりもした。ワインを開け、酔ったふりをしてさらにくっつき、とにかく彼に「そろそろ帰るわ」と言わせないようにした。

 最終電車に間に合わない時間まで引きとめることができたらベスト。飲酒によって彼が居眠りを始めても、わたしの誘いに乗ってベッドになだれ込んでもいい。

 とにかく彼の帰宅を阻止したい。

 ただひとつ、その理由が「彼の忠告を無視してホラー映画を観たから」であると、知られてはいけない。これは絶対だった。

 でも、その一心で行動していたせいで、無意識に時計に視線を送っていたらしい。
 二十三時を過ぎた頃、「はあ」とため息をついた彼が、そのつり目がちの大きな目を細めて、こう言った。

「帰ってほしくないなら、素直に言やあいいのに」と。わたしの目論みはお見通しだったらしい。

 こうなれはきちんと頼んで、泊まってもらうしかない。

 でも、ホラー映画のことを知られないよう、彼の肩にもたれかかって、今日は「そういう気分」だから泊まってほしいという体を装った、が。

 彼は流れるような所作でごく自然にわたしから離れ、クロゼットにしまってある布団を引っ張り出す。そしてどういうつもりか、それを寝室ではなくリビングに敷き始めたのだ。