「きっと思い出にしたくないから♪」
私の声の後ろで軽やかにステップを踏む音がする。
そのステップの音に安心して私は歌い続けた。失恋ソングを歌っているのにテンションが上がるなんておかしいけどやっぱり歌うのが楽しい。
「だから、もう♪」
私が最後の歌詞を歌い切ったらあたりはザーザーと行った波の音に変わる。けれど後ろにいる彼は踊り続けている。私がアカペラで歌っていたので伴奏がなくて分からないけどアウトロと言われる歌詞のない終わりの部分を踊っているのだ。
やがて彼の中で流れているアウトロが終わると彼のダンスも終わった。
「今日もキレッキレだね、遥希」
「美雨も喉の調子いいんじゃない?」
私たちは軽口を叩きながらそこらへんに置いておいた鞄を拾って自転車にまたがり高校に向かった。
いつも通りの教室。なのに何かが違った。
あるはずの机が無くなっているだとかそういう“目に見える何か”ではなく肌でしか感じ取れない何かが。
教室に遥希と足を踏み入れると違和感の正体はわかった。
視線だ。クラスメイトから今日はやけに見られている。
パッと自分の姿を見たけれど特にいつもと違いはない。遥希と登校するのも今日に始まったことではない。
遥希の方をチラッと見たけれど彼も不思議な顔をしているので理由はわからないのだろう。
「おはよう。蘭、なんかあった?」
親友の蘭と遥希の親友の夏目がスマホを見ながら話しこんでいたので声をかける。
「美雨、遥、見てこれ。投稿したの?」
そう言って2人が見せたのは大手動画サイトに投稿された一本の動画。
『田舎の歌姫とナイトのダンス』と題して投稿されていたのは間違いなく美雨が歌い、遥希がバックで踊っている動画だった。
「なにこれ。こんなの知らない」
「でもすごい反響があるの」
確かに昨日投稿されたばかりなのに再生回数は10万回を超えているしそれにコメントの書き込みも1000を超えている。
「これって削除できないの?」
「投稿者じゃないとね」
「こんなの投稿したの誰だよ?」
「見てみて、私のことかわいいって。男の子のダンスキレッキレ、プロみたい。だって。めっちゃ褒められてるじゃん。私たち。本当に事務所からオファー来たりして」
遥希と夏目の会話に私は割り込んだけど3人には「さすが美雨、ポジティブガール」と笑われた。
もう笑われることには慣れている。私は小さい時からことあるごとに「歌手になりたい」と言いまくって来たし本気でなるつもりだ。私たちが住んでるのは海と山に囲まれた自然豊かな言い換えれば田舎、歌を習う場所なんてなかったけど街に一つだけあるカラオケには通いまくっている。
遥希のダンスもとても上手くなっている。もちろんこんな田舎にダンスを教えてくれる人なんていないから全て遥希の独学だ。でも独学とは思えないレベルの完成度だ。
私の歌と遥希のダンス。一緒にデビューしようと誓って早10年ちょっと。デビューと同時に私の恋心、遥希に告白しようと決めていた。でも先に私の恋心が先に実った。2年前、遥希に告白されたのだ。あの日はちょっと信じられなくて自分で頬をつねってみたのは良い思い出だ。
「あの、」
そんな言い合いを4人でしていたら小柄な女子が話しかけて来た。クラスメイトの大原さんだ。
「本当にすみません!」
彼女は突然私と遥希に全力で頭を下げた。
「その投稿私がしちゃったんです……」
彼女の話では彼女は遥希のことが好きで隠し撮りをしてしまった。それが兄に見つかって兄の悪戯で動画の投稿サイトにアップされてしまった。消そうにも使い慣れない動画サイトでは削除の仕方が分からなかったので消せず、瞬く間に拡散されてしまった。というわけである。
大原さんもなかなか気の毒だ。多分こんな形で好きな人に想いを伝えるつもりじゃなかったはずだ。その証拠に最後は私に向かって「もちろん美雨ちゃんと遥希くんが付き合っているのは知っていますし2人の中を拗らせるつもりもありません。本当にごめんなさい」とまた頭を下げたから。
「大丈夫だよ。私も遥もプロになるつもりだし逆に注目浴びれてラッキー的な感じだし」
「大原の気持ちには応えてあげられない。ごめんな。まぁ動画の方は今更消してもアレだし放置しいといて良いよ」
小さくなる大原さんはすみません。ともう一度謝ってから実は、と続けた。
「あの、今日の朝ミシェル事務所からダイレクトメッセージが届いて、遥希君宛に、一応連絡先渡しておきます。興味があれば是非連絡をということです」
ミシェル事務所……。超大手のアイドル事務所だ。毎日、テレビで目にする5人組ボーイズグループのリンクもこの前、ハリウッドとコラボした3人組ガールズグループのナッツもミシェル事務所所属のグループだ。
最後に本当にすみませんでした。と謝って大原さんは自分の席に戻った。時計を見ればあと30秒ぐらいで朝礼が始まる。
私たちも慌てて席に着いたけど、私の頭の中はさっきの大原さんの言葉がこだましている。
遥希が超大手アイドル事務所にスカウトされた。
それは私にしたら大きな衝撃だ。遥希が認められて嬉しい気持ちが半分、私には声が掛からなかった悔しさ半分といったところだろか。嘘、本当は悔しさの方が7割ぐらい私の中を占めている。
そんなことを思っている自分が嫌だ。嫌いだ。
結局、その日は遥希と話したら遥希を傷つけるようなことを言ってしまいそうで遥希を避けた。違う。その日だけじゃなく2週間ほど。
遥希をこれだけ避けたのは人生で初めてかもしれない。隣の家に住む遥希とは生まれた頃からずっと一緒にいた。ピンポンなしにお互いの家に入れるほどにお互いの家に入り浸っていた。
私はベットに寝転がる。俗に言う不貞寝だ。
あの日からこうやってベットに寝転がることが増えた。毎日のように通ったカラオケにも行けていない。
2週間経った今も衝撃と悔しさと苦しみは全く消えていなかった。
こんなことをしていたらダメだということは自分が一番分かっている。
不意にドアがノックされた。
「俺、美雨入るぞ」
2週間も避けまくっていたらどうやら遥希が突撃してきたらしい。流石に部屋にまで来られたら逃げ場はない。しょうがなく遥希の侵入を許可した。
遥希は私の部屋を見て呆然としている。
いつもは整った私の部屋に楽譜が散乱しているからだろう。
「美雨、俺、事務所の話断ろうと思ってる」
散乱した楽譜を束ねながら放たれた遥希の言葉。
その言葉はひどく私の心を抉り、かろうじて私の理性を保たせていた“遥希も本気でプロになりたいと思っている”という私の考えさえも砕いた。
「ふざけないで!1人だけスカウトされたから?私への同情?何それ?そんなのいらないから!遥希はプロになりたいんでしょ!だったら受けてよ!」
「でも、受けたら東京に行かないといけない。美雨と別れないといけない」
「私のために夢を捨てるっていうの?チャンスがあるのに?そんなの嬉しくもない。遥希の夢を犠牲にしてまで私と付き合う価値はないよ」
違う。こんなことが言いたいわけじゃない。
ここまで言ったのに心のどこかでは私の言葉を否定してほしいと思っている自分がいる。
「分かった。美雨がそこまでいうなら俺は夢を追いかけるよ」
……遥希は否定してくれなかった。
「そ、う。きっとそれが正しい選択だよ」
必死に震えそうになる声を必死に隠していつも通りの声を絞り出した。
「その代わり約束して。俺はダンスでテッペン取るから美雨も諦めないで。いつか、絶対共演しよう」
遥希は夢へと歩み出した。
……私を置いて。
分かっていた。そんな気はしてた。だって遥希はかっこいいもん。それに努力家だ。
だから遥希はプロになるべき人間なんだ。
でも、私が最初に言ったんだよ。
歌手になりたいって。遥希はその私の夢に便乗しただけじゃん。
いやだ。こんなこと考えている自分も、大っ嫌い。
気付けば遥希はもういなかった。
蘭や夏目は『美雨も絶対プロになれるよ。だって正直そこらの歌手より上手だもん』と励ましてくれたりもしたけれど私は心のどこかで現実を見ていた。
私はきっともう遥希の隣に立つ日は来ないのだと。
悔しいし、認めたくもないけどきっとそうなのだ。
少なくともあれだけ悪い言葉を遥希に向かって使った罪は重い。
そんな人間がこれから輝くような人の隣に立つ権利などどこにもない。
心は痛んだけれどそれも私への罰なんだと言い聞かせ遥希のことは忘れようと決めて、スマホの遥希のアカウントをブロックした。
遥希のアカウントが消えたスマホは驚くほど軽く感じた。
でも、それでいい。うん、それでいいんだ。
だって、これから私たちは別々の道を歩んでいくんだから。
私の声の後ろで軽やかにステップを踏む音がする。
そのステップの音に安心して私は歌い続けた。失恋ソングを歌っているのにテンションが上がるなんておかしいけどやっぱり歌うのが楽しい。
「だから、もう♪」
私が最後の歌詞を歌い切ったらあたりはザーザーと行った波の音に変わる。けれど後ろにいる彼は踊り続けている。私がアカペラで歌っていたので伴奏がなくて分からないけどアウトロと言われる歌詞のない終わりの部分を踊っているのだ。
やがて彼の中で流れているアウトロが終わると彼のダンスも終わった。
「今日もキレッキレだね、遥希」
「美雨も喉の調子いいんじゃない?」
私たちは軽口を叩きながらそこらへんに置いておいた鞄を拾って自転車にまたがり高校に向かった。
いつも通りの教室。なのに何かが違った。
あるはずの机が無くなっているだとかそういう“目に見える何か”ではなく肌でしか感じ取れない何かが。
教室に遥希と足を踏み入れると違和感の正体はわかった。
視線だ。クラスメイトから今日はやけに見られている。
パッと自分の姿を見たけれど特にいつもと違いはない。遥希と登校するのも今日に始まったことではない。
遥希の方をチラッと見たけれど彼も不思議な顔をしているので理由はわからないのだろう。
「おはよう。蘭、なんかあった?」
親友の蘭と遥希の親友の夏目がスマホを見ながら話しこんでいたので声をかける。
「美雨、遥、見てこれ。投稿したの?」
そう言って2人が見せたのは大手動画サイトに投稿された一本の動画。
『田舎の歌姫とナイトのダンス』と題して投稿されていたのは間違いなく美雨が歌い、遥希がバックで踊っている動画だった。
「なにこれ。こんなの知らない」
「でもすごい反響があるの」
確かに昨日投稿されたばかりなのに再生回数は10万回を超えているしそれにコメントの書き込みも1000を超えている。
「これって削除できないの?」
「投稿者じゃないとね」
「こんなの投稿したの誰だよ?」
「見てみて、私のことかわいいって。男の子のダンスキレッキレ、プロみたい。だって。めっちゃ褒められてるじゃん。私たち。本当に事務所からオファー来たりして」
遥希と夏目の会話に私は割り込んだけど3人には「さすが美雨、ポジティブガール」と笑われた。
もう笑われることには慣れている。私は小さい時からことあるごとに「歌手になりたい」と言いまくって来たし本気でなるつもりだ。私たちが住んでるのは海と山に囲まれた自然豊かな言い換えれば田舎、歌を習う場所なんてなかったけど街に一つだけあるカラオケには通いまくっている。
遥希のダンスもとても上手くなっている。もちろんこんな田舎にダンスを教えてくれる人なんていないから全て遥希の独学だ。でも独学とは思えないレベルの完成度だ。
私の歌と遥希のダンス。一緒にデビューしようと誓って早10年ちょっと。デビューと同時に私の恋心、遥希に告白しようと決めていた。でも先に私の恋心が先に実った。2年前、遥希に告白されたのだ。あの日はちょっと信じられなくて自分で頬をつねってみたのは良い思い出だ。
「あの、」
そんな言い合いを4人でしていたら小柄な女子が話しかけて来た。クラスメイトの大原さんだ。
「本当にすみません!」
彼女は突然私と遥希に全力で頭を下げた。
「その投稿私がしちゃったんです……」
彼女の話では彼女は遥希のことが好きで隠し撮りをしてしまった。それが兄に見つかって兄の悪戯で動画の投稿サイトにアップされてしまった。消そうにも使い慣れない動画サイトでは削除の仕方が分からなかったので消せず、瞬く間に拡散されてしまった。というわけである。
大原さんもなかなか気の毒だ。多分こんな形で好きな人に想いを伝えるつもりじゃなかったはずだ。その証拠に最後は私に向かって「もちろん美雨ちゃんと遥希くんが付き合っているのは知っていますし2人の中を拗らせるつもりもありません。本当にごめんなさい」とまた頭を下げたから。
「大丈夫だよ。私も遥もプロになるつもりだし逆に注目浴びれてラッキー的な感じだし」
「大原の気持ちには応えてあげられない。ごめんな。まぁ動画の方は今更消してもアレだし放置しいといて良いよ」
小さくなる大原さんはすみません。ともう一度謝ってから実は、と続けた。
「あの、今日の朝ミシェル事務所からダイレクトメッセージが届いて、遥希君宛に、一応連絡先渡しておきます。興味があれば是非連絡をということです」
ミシェル事務所……。超大手のアイドル事務所だ。毎日、テレビで目にする5人組ボーイズグループのリンクもこの前、ハリウッドとコラボした3人組ガールズグループのナッツもミシェル事務所所属のグループだ。
最後に本当にすみませんでした。と謝って大原さんは自分の席に戻った。時計を見ればあと30秒ぐらいで朝礼が始まる。
私たちも慌てて席に着いたけど、私の頭の中はさっきの大原さんの言葉がこだましている。
遥希が超大手アイドル事務所にスカウトされた。
それは私にしたら大きな衝撃だ。遥希が認められて嬉しい気持ちが半分、私には声が掛からなかった悔しさ半分といったところだろか。嘘、本当は悔しさの方が7割ぐらい私の中を占めている。
そんなことを思っている自分が嫌だ。嫌いだ。
結局、その日は遥希と話したら遥希を傷つけるようなことを言ってしまいそうで遥希を避けた。違う。その日だけじゃなく2週間ほど。
遥希をこれだけ避けたのは人生で初めてかもしれない。隣の家に住む遥希とは生まれた頃からずっと一緒にいた。ピンポンなしにお互いの家に入れるほどにお互いの家に入り浸っていた。
私はベットに寝転がる。俗に言う不貞寝だ。
あの日からこうやってベットに寝転がることが増えた。毎日のように通ったカラオケにも行けていない。
2週間経った今も衝撃と悔しさと苦しみは全く消えていなかった。
こんなことをしていたらダメだということは自分が一番分かっている。
不意にドアがノックされた。
「俺、美雨入るぞ」
2週間も避けまくっていたらどうやら遥希が突撃してきたらしい。流石に部屋にまで来られたら逃げ場はない。しょうがなく遥希の侵入を許可した。
遥希は私の部屋を見て呆然としている。
いつもは整った私の部屋に楽譜が散乱しているからだろう。
「美雨、俺、事務所の話断ろうと思ってる」
散乱した楽譜を束ねながら放たれた遥希の言葉。
その言葉はひどく私の心を抉り、かろうじて私の理性を保たせていた“遥希も本気でプロになりたいと思っている”という私の考えさえも砕いた。
「ふざけないで!1人だけスカウトされたから?私への同情?何それ?そんなのいらないから!遥希はプロになりたいんでしょ!だったら受けてよ!」
「でも、受けたら東京に行かないといけない。美雨と別れないといけない」
「私のために夢を捨てるっていうの?チャンスがあるのに?そんなの嬉しくもない。遥希の夢を犠牲にしてまで私と付き合う価値はないよ」
違う。こんなことが言いたいわけじゃない。
ここまで言ったのに心のどこかでは私の言葉を否定してほしいと思っている自分がいる。
「分かった。美雨がそこまでいうなら俺は夢を追いかけるよ」
……遥希は否定してくれなかった。
「そ、う。きっとそれが正しい選択だよ」
必死に震えそうになる声を必死に隠していつも通りの声を絞り出した。
「その代わり約束して。俺はダンスでテッペン取るから美雨も諦めないで。いつか、絶対共演しよう」
遥希は夢へと歩み出した。
……私を置いて。
分かっていた。そんな気はしてた。だって遥希はかっこいいもん。それに努力家だ。
だから遥希はプロになるべき人間なんだ。
でも、私が最初に言ったんだよ。
歌手になりたいって。遥希はその私の夢に便乗しただけじゃん。
いやだ。こんなこと考えている自分も、大っ嫌い。
気付けば遥希はもういなかった。
蘭や夏目は『美雨も絶対プロになれるよ。だって正直そこらの歌手より上手だもん』と励ましてくれたりもしたけれど私は心のどこかで現実を見ていた。
私はきっともう遥希の隣に立つ日は来ないのだと。
悔しいし、認めたくもないけどきっとそうなのだ。
少なくともあれだけ悪い言葉を遥希に向かって使った罪は重い。
そんな人間がこれから輝くような人の隣に立つ権利などどこにもない。
心は痛んだけれどそれも私への罰なんだと言い聞かせ遥希のことは忘れようと決めて、スマホの遥希のアカウントをブロックした。
遥希のアカウントが消えたスマホは驚くほど軽く感じた。
でも、それでいい。うん、それでいいんだ。
だって、これから私たちは別々の道を歩んでいくんだから。