「大変お待たせいたしました。紅茶の準備が出来ましたので今淹れますね」

「さすが三枝君、ずいぶん慣れた手つきだね」

「詩依はほぼ毎日お茶を淹れてますからね。毎日淹れているのに妥協しないところはさすがとしか言えませんね」

「1回1回のお茶の機会を大切にするのは当たり前です。茶葉が変わっていれば別ですが出す日によって紅茶の匂いや味が変わるなどあってはなりません。1回1回最高のおもてなしをするのが紅茶を出す人の義務ですし、茶葉を作ってくださった方たちへの礼儀です」

「相変わらず三枝君はお堅いね、でもここまで丁寧に扱ってもらえる茶葉たちは幸せ者だよ」

「そう言っていただけるとわたくしもこの茶葉たちも喜びます」



・・
・・・

雑談に花を咲かせる先輩と先々代委員長さん、詩依さんは本当に先々代さんのことが苦手なのかあまり喋りません。

「詩依さん・・・あまり話しませんね・・・」

「詩依は先代に萎縮しているんだよ、別に先代を嫌っているわけじゃないと思うよ」

「私が喋らなくても先輩と先々代が喋っているから聞き役に徹しているだけです」

「なぁ三枝君・・・」

急に真面目な態度に変わる先々代委員長さん。

「次の委員長の候補はいないのかい?」

「いないとまでは言いませんが、この方なら安心して任せられると思える人はまだ・・・」

「それは僕がこの風紀委員会を大きくしすぎたせいか?大きな組織じゃなければそこまで真剣に悩む必要もなかったと思うが」

「いえ、風紀委員会の大きさは関係ありません。わたくしはわたくしが納得した人物を後任に選びたいと思っており、その後任がまだ見つかっていないだけです。ですから先々代がどうこうということは関係ありません」

「三枝君は優しいね。たとえ嘘でもすぐにそう言ってくれると救われた気になるよ」

「わ、わたくしは嘘なんてついておりません」

「嘘かどうかを言及するするつもりはないけれど、風紀委員会の激務を任せられるかを心配しているんだろ?風紀委員会の仕事を増やしたのは僕の責任だからね」

「先代、詩依の頑固な性格はすでにご存知でしょう。完璧主義を見本にしたような性格だから候補を選べないだけですよ、深く考えすぎですよ」

「平、君も僕に余計な心配をかけさせまいとしているのかい。そんな心配はいらないよ、僕だって引退して先々代と言われているけど元風紀委員長だし、あの生徒会と全面戦争一歩手前の自体を引き起こした異端者だ。心配をかけないようにとの心遣いは嬉しい。けれど元風紀委員長の僕は信頼されていないのかなと疑ってしまうよ」

「先々代を疑うなんてなんてことはありません。功績者である先々代を信頼してないはずは・・・」

「三枝君はそうかもしれないけれど平、君は僕に本音でぶつかってきてほしい。ともにこの学園のトップの権力をかけて生徒会とやりあった仲じゃないか。それとも平穏なぬるま湯につかり過ぎて腑抜けてしまったのかい?」

「い、いえ・・・すみません」

「平、建前は大切だ。大人になると建前を優先するようになる。建前は必要なことだ。ただね、僕たちは全力でやりあってきた仲じゃないか。先輩後輩関係なく口論もした。どちらが正しいなんて今考えれば実にくだらない口論もした。ただあの時はお互いに本気だった。正解なんてわからない中でどちらが正しいかを納得させるように日々口喧嘩をしていたじゃないか。本音を言い合えるというのは貴重でかけがえのないことだ。そんな貴重な人物からの建前なんて僕は聞きたくない。君たちは大人になったのかもしれないが僕は未だに子供のままなのだよ」

「先代・・・」

「ここは三枝君にとっても平にとっても特別な場所であるように僕にとっても大切な場所だ。ここだけは素を僕を受け止めてくれる場所であると願っている。もちろん押し付けだということはわかっているけどね」

「失念しておりました、先代のお気持ちを汲み取ることが出来ずに」

「一緒になって、いるはずもない悪を見つけ出し正義の味方ごっこを楽しんでくれた。ここは僕たちの遊び場だったし、平は僕の大切な仲間だ。大切な仲間同士、遠慮はいらないんだよ」

「仲間・・・どうし・・・」

「椿君にとっては僕は知らない先輩でしかないだろう。だが平とは相当無茶をしてきた仲だからね。だからこそ建前や遠慮はいらない、率直な言葉が欲しいんだ。この空間でだけは嘘や偽りのない世界を見ていたいんだ」

「・・・先代・・・」

「僕は椿君を次の風紀委員会委員長に推薦したい」

「ちょっ、ちょっと先々代、何を勝手なことを」

「勝手なことだということは百も承知だよ。最終的に決めるのは三枝君だけれどね。だがね、この時期になっても後任者を決められないというのであれば僕は彼女を推薦する」

「ちょっと待ってください、梨夜さんには荷が重過ぎます。それを押し付けるということがどれほどのことか先々代はわかっていらっしゃるのですか?」

「僕はわかっているつもりだよ。平にだって同じように押し付けて約1年がんばってくれた。その平だって三枝君に押し付けた、平だって三枝君には荷が重過ぎて無理かもしれないと思ったはずだ。それでも三枝君はがんばり続けた。最初から無理と決め付けるのはよくない。押し付けないことが優しさと思うのは勘違いだ。責任を押し付けるに足る人物さえ今の学園にいないというのであれば、椿君を頼ることも必要だと思うよ、三枝君はもっと自分に正直に生きるべきだよ」

「・・・先々代は知らないのです。編入組のわたくしがいきなり風紀委員長になったことでどれほど辛い思いをしたのか。成績が優秀なだけのわたくしが風紀委員長になることでその座を狙っていた方々からの視線に怯えつつも責務をまっとうしなければならなかったことへのプレッシャーを。業務はこなしてきましたが誰もが思ったはずです、なぜこのわたくしを委員長の座に就かせようとしたのかと。風紀委員会の誰も信用出来ないという心細さを。先輩を恨んだこともこともありました。面白おかしく思いつきで決めただけなのではないかと。そんな心細い思いを梨夜さんにさせてよいものなのでしょうか」

初めて聞かされる詩依さんの本音。
心細い思いをさせたくない、こんな辛い思いをさせなくてはいけないという自責の念。

「私は・・・大丈夫です・・・詩依さんの優しさが・・・伝わりました。詩依さんが私を支えてくれるなら・・・私は乗り越えてみせます。詩依さんは・・・優しいです。1人じゃないなら・・・がんばれます」

「梨夜さん・・・貴女、本気でおっしゃっているのですか?わたくしがあれほど罵声をあびせたというのに・・・」

「罵声の意味が・・・わかりましたから。詩依さんが・・・私を心配してくださったゆえの言葉だと・・・理解出来ましたから」

「おいおいおい梨夜君本当に良いのかい?詩依の指導は厳しいぞ。学園で1番怖い人物だぞ?」

心なしか笑って問いかけてくれる先輩。

「なあ三枝君、彼女は本気だ。君が支えてあげればいいだけの話だ。平と三枝君の関係のようにお互いが支えあえばうまくいく、そうだろ?」

「ま、まぁそれは確かにそうだとは思いますが」

「詩依、君は責務をまっとうした、普通の女の子としては言葉であらわせないほどにがんばった。それは近くで見てきた私が1番理解していると思っている。だからもう肩の荷を降ろしてもいいんじゃないか」

「・・・、先輩って・・・本当に馬鹿ですね。自分で風紀委員長に推薦しておいて・・・まだ1年も梨夜さんの面倒をみなければならないのに肩の荷を降ろせなんて・・・本当に馬鹿ですね」

「私は学力を除けばただの馬鹿だよ、だって先代の下で育ったわけだからね。馬鹿じゃなければ務まらないよ」

詩依さんは泣いておりました。

それがどれだけの重圧を背負ってきたかを物語っておりました。

そしてそれは同時に私にかかる重圧を意味してます。

でも支えてくれる方がいる、1人じゃない、ならば乗り越えようと思います。

ずっと1人で生きてきた。孤独より辛いことはない。

ましてや1度手に入れた幸せを自ら手放すことなんてもう出来ない。

私はもう決めました、この学園に編入しこの学園の風紀委員会を支える存在になると。