本日も風紀委員会会議室でお勉強。

「詩依さんはこの学園の・・・風紀委員長なのですよね」

「はい、そうですけれど今さらですか?」

今日も詩依さんは雑務をこなしているため委員長の机で書類に目をやりつつ言葉を返す。

「私、この学園に編入出来たら・・・風紀委員会に入って・・・詩依さんのお手伝いを・・・したい・・・です」

そのことを告げると詩依さんは眉をぴくっと動かしながらこう言いました。

「梨夜さん、貴女は風紀委員会の厳しさをご存じないようですからここではっきりと言っておきましょう。風紀委員会は誰でもなれるものではありません。白鷺学園風紀委員会を務めたというだけで推薦枠が与えられるくらい実績があるのが現風紀委員会です。そのため内申目的で入ろうとする方も多く、その分競争倍率も高く、入った後も業務の厳しさに耐えられず辞めていく方も多いのです。事実、風紀委員会を辞めていく方の人数は他の部活動の退部人数よりもはるかに多いのです」

いつもは優しく接してくれる詩依さんですが明らかに口調がきつい。

「それにわたくしの手伝いをしたい?わたくしは風紀委員会の業務のほぼすべてを1人でこなせます。手伝いなんて不要ですしわたくしも求めておりません。もし白鷺学園の編入の動機の中にわたくしの手伝いをしたいというものがあるのなら撤回してください。そんな身勝手な理由で編入を希望されるなら迷惑ですから他の高校の入学を強く勧めます。自惚れるのもたいがいにしてください」

「・・・っごめんなさい」

まっすぐにこちらを見つめながら語る詩依さん。
柳也さんが怖いと言っていた理由が少しだけわかりました。
まっすぐに見つめる瞳に反論出来ずただただ謝ることしか出来ませんでした。

「詩依!それはさすがに言いすぎだ!お前の本心ではないだろ」

「わたくしは事実を言ったまでです」

「そりゃ風紀委員会の業務は詩依1人でこなさせるのは知っているし、内申目的で入ろうとしてくるやつや辞めていくやつが多いのも事実。だが手伝いたいという梨夜君の厚意を自惚れと一蹴するのは違うだろ」

「わたくしだって梨夜さんが内申目的で風紀委員会に入ろうとしているなんてことは考えておりません。ただ風紀委員会の業務に耐えられるとは思えません。学業と委員会の両立がいかに大変なのかわかっておりません。梨夜さんの考えは甘いのです」

「業務に耐えられるかどうかなんてやってみなきゃわからないだろ。やらせてもないのに頭ごなしに決めつけるというのは何様のつもりなんだよ」

「わたくしは現風紀委員長です、それ以上でもそれ以下でもありません。いくら先輩といえどもお話になりませんね、わたくしは職員室に書類を届けに行ってきますのでお二方は引き続き勉強をしていてくださいませ」

がらがらがら、ばんっ!と強く閉まる音とともに詩依さんは行ってしまわれました。


「詩依さん・・・怒ってましたね。こんなに怒ってる詩依さん・・・初めて見ました」

「梨夜君、あまり気にすることはないよ。詩依は素直じゃないだけだからね」

「・・・ですが・・・」

「本当は梨夜君が風紀委員会に来てくれることを願っているんだよ、誰よりもね」

「え・・・」

「梨夜君は本当に人の心がわかる力を使わないんだね」

「あの力は・・・出来れば使いたくありません。今でも意識して・・・力を抑えてます。人の心を読むということは・・・知られたくないものを勝手に覗くということと同じ意味なので」

「ふ~ん、なら梨夜君は普通の女の子と変わらないわけなんだね」

「そう思ってくれると・・・嬉しいです。でも・・・どうして・・・詩依さんは私なんかを風紀委員会に?」

「わかると思うけれど詩依は自分にも他人にも厳しい。未だに委員長に推せる人を見つけられていないんだ。そんな詩依が梨夜君のことを話題に出したんだよ」

「・・・はぁ」

「詩依が言ったように風紀委員長というものは本当に大変なんだよ。仕事も多くて敵も多く妬む輩も多い中で公平さを優先させる器量も求められる。詩依が放課後に誰も会議室に呼ばないのは詩依にとってここが大切な場所だから。受験勉強という約束もあるけれどそんな大切な場所に毎回呼ばれている時点で梨夜君は信用されているんだよ。梨夜君にも大切な場所があるわけだからその辺はなんとなくわかってくれるよね」

「なら・・・どうして・・・あんなに厳しいことを・・・」

「詩依は編入生だし、中等部から上がってきた風紀委員から目をつけられていたからね。風紀委員長になった当初から目をつけられて苦労していたんだよ。気丈に振舞ってはいるものの詩依は普通の女の子だからね」

「普通の・・・女の子・・・ですか」

「そうだよ。羽藤君も相当に怖がっているけれど私からすればなんてことはない、詩依はどこにでもいる普通の女の子なんだよ。役割をまっとうしようと懸命にがんばっているだけの普通の女の子。そんな素の姿をお茶会をした仲である梨夜君にも見せようとしないほど素直になれない子なんだ。少しは私を見習ってほしいものだけど、まったくもって本当に困った子だよ」

「先輩は詩依さんのこと・・・よく知っているんですね」

「そんなのは当たり前じゃないか。詩依をこの学園に呼んだのは私みたいなものだし。中等部からのエスカレーター組の意見を無視して詩依を委員長にしたのも私。詩依は外部の編入生でかつ1年の5月には委員長になっていたわけだから、当然それをよく思わないやつも多かった。何度も泣いていたことも知っている。普通の女の子が背伸びし続けることの厳しさも常に傍で見てきた。詩依は梨夜君に期待をしている、それは間違いない。だけど詩依が経験してきた辛いことを梨夜君に押し付けて良いものなのかを今、必死に考えているんだと思うよ」

中等部から上がってきた方は当然この学園の風紀委員会の権力を知っているのでしょう。

そこのトップを狙っている2年生の方もいたでしょう。

それを入って2ヶ月も経たない1年生に任命するとあったら反対する方もたくさんいたでしょう。

「ですが・・・ですが、そもそもどうして詩依さんは・・・風紀委員長になれたのですか?多数決とかだったら・・・委員長になれなかったのでは・・・ないでしょうか」

「多数決なら確かに無理だったよ、詩依は学園のことも知らなかったわけだしね。私の一任で決めたことだから誰もおおやけに文句は言えなかった。この学園の風紀委員会の地位を不動のものにした風紀委員会の歴史の中でもっとも優秀だった先々代。その先々代から推薦されて委員長になった私からの推薦だったからね。私は誰にも文句は言わせなかった。これから起こるであろう不祥事の責任は全部私が取ると言ってね。梨夜君は知らないと思うけれど先々代は本当にすごい方だったんだよ」

「先々代・・・ということは先輩の前の風紀委員長・・・ということですね」

「そう、先々代はたまにOBとして学園にやってくるけど、あの詩依でさえ私がいなければ緊張して固まってしまうくらいの人物でね。真面目だが面白い一面もあるお方なのだが、詩依はその偉大な功績を考えてしまうから固まってしまうんだ。真面目な方だったからね、当時私が推薦された時は自分の耳を疑ったものだよ」

先輩は遠い目をしている、遠い日の出来事を思い出しているのでしょう。

「先々代は言ってたよ。君の様な存在が今後の風紀委員会には必要だってね。堅物の僕の様な存在じゃなく常に柔軟に考えられる君の様な存在がいれば風紀委員会に新たな風が吹くとね。正義の味方にならないか?アニメの世界と違うところははっきりとした悪役がいないこと、そんな馬鹿みたいな言葉を聞いて風紀委員会に入ろうとした君の様な存在が必要だってね。風紀委員会は腐っていたんだ、周りは僕を神か何かと勘違いしている。僕は人間で神なんかじゃない、真面目だけが取り柄の馬鹿な人間だ」

功績をたてた偉大な先々代と言われる先輩さえも自分を馬鹿だと卑下する。
何が正解かわからない。

少し前に先輩がおっしゃった人生においての正解は誰にもわからないという言葉が思い出される。

「だからね、この学園の風紀委員会は先々代の力で大きくなったし権力も与えられた。委員長の責任も権限も先々代の代から大きく変わったんだ。だから委員長になることは誉れであり憧れであったんだ。誰も委員長の座を狙っていた、それは今でも続いている、笑ってしまうくらい汚い世界だよ」

そんな世界に梨夜君を巻き込んでいいものかと迷っているんだよ、と語る先輩。