しくしく。
悲しかった。
「お前さぁ、何で泣いてるんだ?」
はーちゃんが聞いてくる。
「はーちゃんは悲しくないの?はーちゃんのお父さんどこかへ行っちゃうんでしょ?」
はーちゃんからはーちゃんのお父さんは離婚をし、家を出たことを聞かされた。
「別にお前には関係ないだろ?なのになんでお前が泣くんだよ。」
「だって・・・、だって悲しいんだもん!」
それを聞いてもはーちゃんははぁ?って顔をする。
「お父さんとお母さんは一緒にいるものなの。だからなの!どっちかしかいないっていうのは悲しいの!」
わたしははーちゃんからそれを聞かされたときからずっと泣いていた。
だってお父さんとお母さんは一緒にいるものだと思っていたから。
それは絶対だと思っていたから。
それにはーちゃんのお父さんは優しかったから。
そんな優しい人が突然どこかへ行っちゃうなんて考えたくなかったから。
・
・・
・・・
「・・・奇跡を起こしてやるよ」
はーちゃんの唐突な言葉に意図がわからなかった。
「きせき?」
だからだろうか、聞き返してしまったのは。
「だーかーら、奇跡を起こしてやるって言ったんだよ、お前のためにな」
はーちゃんの言っていることはよくわからないけど、奇跡なんてそんな簡単に起こるわけないよ。
しばらくの沈黙の後。
「・・・夕焼け綺麗か?」
「・・・?」
この言葉に何の意味があるのだろう?
この言葉には何の意図があるのだろう?
奇跡と夕焼け・・・。
まったく関係ないと思う。
「夕焼け綺麗か?」
関係ないと思うのだけれど、はーちゃんはもう一度同じことを聞いてきた。
だからわたしは答えることにした。
「ぬ~、泣いてるからわからない」
はーちゃんの目が釣りあがった。
言葉には出なかったけど、お前、喧嘩売ってるんか?と言ってるようで怖い。
「だったら泣くのを止めて夕焼けを見ろ。そして俺の問いに答えろ」
「・・・?」
・・・やっぱり意味がわからない。
はーちゃんの言動はときどきよくわからない。
それでも有無を言わさない迫力に押され服で目をこすって空を見た。
だってそうしないといじわるなはーちゃんに叩かれそうだったから。
「・・・赤い」
「・・・」
なぜかわからないけどわたしの答えにはーちゃんはむっとしたらしい。
「お前なぁ、その答えは何だ?それ以外に何かないのか?そもそも俺は綺麗か?と聞いてるんだぞ。赤いと答える馬鹿がどこにいる」
はーちゃんの意図がまったくわからない。
おまけになんか馬鹿って言われてるし。
「はぁ~、まぁいい。でも夕焼けっていうのは綺麗だろ?」
「・・・・・・ぅん」
確かに綺麗かそうじゃないかと聞かれれば綺麗だと思う。
「夕焼けや夜空には魔法の力がある。悲しいときやつらいときでも空を見れば、空がその悲しみを奪ってくれる。だから悲しくなくなるんだ」
はーちゃんがこんなこと言うの意外だった。
はーちゃんは魔法とか全然信じてなかったし。
「・・・これはな、親父の受け売りだ」
「はーちゃんのお父さんの?」
「そうだ、だから覚えておけ。夕焼けには魔法の力がある」
・
・・
・・・あの時以来、私は夕焼けを見るようになった。
それは今でも続いている。
夕焼けには魔法の力があるなんて今では信じていないけど、それでも夕焼けには不思議な力があると思う。
だからかな?
私が夕焼けを好きなのは。
今思えば、りっちゃんの言っていた奇跡というのは、りっちゃんがおじさんを連れ戻すことだったのだと思う。
本当は自分だって悲しかったと思うのに私を泣き止ますために一生懸命で。
おじさんを連れ戻すのは私のためだったのか、それは今でもわからない。
それでもその時にりっちゃんはいじわるをするし、わがままだし、よく暴力を振るうけど、本当はすごく優しいのだと気づいた。
でも・・・残念ながらおじさんを連れ戻すという奇跡は起こらなかった。
それでもずっと泣き続けていた私の涙を奪ってくれた。
私の中で奇跡は起こったよ?
ありがとう、りっちゃん。