彼はわたしの頭を撫でる手をふ、止めた。
おそるおそる、顔を上げる。上月くんは、暗い空に浮かぶ月を見上げていた。
「ずっとそう決めてた。でも、先輩たちの卒業式の何日か前にお祖母ちゃん、倒れたんだ」

忙しい両親の代わりに小さな頃から彼の面倒を見ていた祖母が救急車で運ばれていき、集中治療室に入っている時だったという。
「俺が学校行かなかったり、喧嘩したり、中学くらいからずっと迷惑かけてた。多分心労が重なったんだ。だから、ばあちゃんがもし、死んだら俺のせいだって思った」
「そんなこと」
彼は首を横に振る。
「ない、って言い切れないでしょう。とにかく、あの時期の俺は、そのことで頭がいっぱいになった。ずっと病院に行ってて。両親に言われて卒業式には出席したけど、正直そんなことより、ばあちゃんのそばについていたかったんだ」

先輩のことは大好きだったけど、あの時の俺はすぐにうん、なんて言えなかったんだよ。

月を見ていた瞳を、わたしに向ける。ゆらゆらと揺れていた。
「だから、今はそんなこと考えられないって答えた」
「うん……。わたし、自分だけ舞い上がってたのが恥ずかしくて、走って逃げたの」
「あのとき俺、少し待ってって、言ったのに」

 卒業式、晴れ晴れとしたなかで写真を撮ったり、別れのあいさつをする大勢のざわめきの中、彼の言葉は急いで走って校門へ向かうわたしには届かなかった。

「祖母の容態が落ち着いて、リハビリして、家に帰れるようになるまで半年近くかかった。俺、部長になってたから、そっちも忙しくて、けど、若さって純粋で怖いよね。……先輩が待っててくれるって、高校卒業してからも信じてたんだ」

彼はわたしをじっと見つめた。
「そのあと、部活のOB会とかでさ、蔭山先輩が短大で彼氏ができたとか、男といるのを見たとか、聞いて。ま、みんな噂だけど、まだ純粋な俺は本気にして、悩みまくった」
「わたし、そんな、彼氏なんかできてない、そりゃ合コンとかは行ったけど……」
彼は拗ねたような口調になる。
「俺は一途なんですよ。確かめる勇気もないくせに、悩んでて。貴女が幸せならそれでいいって。それでも、何年もひとりの人を想ってる重たい男なんです。実は。でも、結局は連絡したでしょう、メールで」