その言葉で、わたしは糸が切れたように泣いた。あの二人の前では出なかった涙が、彼の前では溢れ出て止まらないのだ。

「わ、わたし、ぜんっぜんし、、らなくて、でも、よく考えたら、おかしな、こともあったし……けど、わたしがちゃんと、向き合わなかったから、いつのまにか、こんなふうに、なっちゃって…」

壊れてしまったのだ。夫婦が。

「裕一、嫌なところ沢山あったけど、でも、わたしだってきっと、やなとこいっぱい、だった。面倒くさがりだし、料理は下手だし、裕一のこと楽しませることも、できなかったし……でも、ちゃんと話して、やり直そうとしたのに」

上月くんはわたしの頭を優しく撫でている。彼のシャツから、ほのかに香水が薫ってくる。

「貴女は、素敵なひとです。俺の、恩人で、まじめで心遣いの細やかな、ステキなひとですよ」

わたしを胸に抱き込みながら彼はそう告げる。

「違うよ……そんなんじゃないよ。わたしは、」

わたしは、自分の気持ちを認めた。
夫がありながらこの人にいつのまにかまた、恋していたのだ。だから、きっと。

「バチがあたっちゃったんだよ」

ぽそりと声が落ちる。暗い地面に、それはさらに真っ黒な色で沈み込む。

「わたしが、また、貴方(あなた)に恋したから」

彼の腕がびくりと震えた。
ゆっくりと、その、端整な顔が近づいてくる。彼は頬で、わたしのほっぺたにするりと触れた。

「それは、貴女(あなた)の告白? だとしたら……、俺は、こうなるのを待ってた。たとえ、貴女が今苦しんでいたとしても」

鼻と鼻がこつんと、ぶつかった。
かとおもうと、彼の唇がわたしに重ねられる。柔らかい口づけは、まるで初めて恋を知ったような淡い触れ方で、少しだけ、抱き込む彼の手が震えていた。

「俺は、いつだって貴女に恋してたんだ。あのときも、いまも、ずっと」

「こ、上月くん……。そ、んな、の、」

おかしいよ。だって、あのとき、君はわたしを振ったじゃない。

彼はわたしを胸に抱いたまま、手すりにもたれた。山の風がすこし、冷たいけれど、彼の腕のなかは熱くて、そして少し速い心臓の音がする。

「……やっぱり、先輩って、ずっと俺にフラれたって思ってます?」
「な、に言ってるの? 卒業式のあとに、わたし、あなたに」
「うん。好きだって言ってくれたよね。俺はずっとあなたのこと、好きだったから。本当はあの日、俺があなたに告白するつもりだったんだ」
「……え?」