少しの沈黙の後、そう聞かれてわたしは黙り込んだ。

「……赤ちゃんがね。できたんだって」
「……え? ど、ういう」

わたしは手すりを掴み、ぐいっと身を乗り出した。だから、彼の顔がくしゃりと歪んだことに気づかなかった。
彼は声を震わせて、「先輩、に……?」と尋ねる。
わたしは彼を振り返って笑って手を横に振った。
「違うの。それがね、彼のね、……っ」
驚くことに、そこから先が続けられない。
「……かれの、ゆういちの、ね? 部下のひと、だって」

上月くんは、あの時のわたしと同じように息を呑んだ。

「え、旦那さん……。他に、女性がいたってこと?」
「や、やだなぁ……っ。そっ、そんな、はっきり言わないでよ、上月くん、もっと、もっとこう、なにか、オブラートみたいなのに包んでほし……っ、っ」
「ご、っ、ごめ、……」

わたしは笑って首を横に振る。
笑っているつもりだった。
でも、目のあたりが熱くてじんじんしている。

(お、おかしいな……涙、とまんない)

しゃくり上げながら、手で涙を拭う。それでも後から後から流れてくるのだ。

「ごめん……っなんか、っ目が、」

バッグは車に置いてきてしまった。中にハンカチが入っていたのに。こんなの、先輩として情けない。

突然、強く肩を抱き寄せられた。上月くんの胸の中にぎゅっと抱き込まれ、背中と腰に両腕をしっかりと回された。

「泣いていいんですよ。ぜんぶの気持ち、俺に出して」
「こ、上月くん……」

彼はさらに強くわたしを抱きしめる。息が苦しくなるほど、何度も何度もぎゅうっと。

「嬉しいことも、つらいことも、ぜんぶ、受け止めたいんです……守るって言ったでしょう」