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リビングで、テーブルを挟んでわたし、そして向こうに東条由貴さんと裕一が座る。
三人での話し合いは、驚くほどスムーズに進んだ。
東条由貴は終始震えていて、それが彼女の儚げなかわいらしさに一層華を添えた。わたしまで、彼女のお腹を気遣い上に羽織るものを貸してしまったくらいだ。

二人の関係は数年続いていたこと。
社内で、上司と部下として出会い、互いに惹かれたこと。
彼女は、裕一に妻がいると知りながら恋心を抑えきれなかった、そして、裕一も、妻がありながら、己の気持ちに歯止めが効かなかったこと。
リストラ騒ぎや転職へのドタバタも、全て彼女には話し、相談し、気持ちも助けてもらったこと。
そしてついに、彼女が妊娠したことがわかり、これからどうするか決めようとしていた矢先、不安になった東条由貴がわたしのところに直接やってきた。

裕一の口から淡々と話されることは、全て昼か深夜の純愛だか不倫だかのドラマのシナリオかと思えるほど、現実味がなかった。でも、彼の目はいつになく真剣で、震える彼女を気遣っている姿は、いつか見た、結婚式の時の蔭山裕一を思い出させた。

今の彼は、わたしが何か攻撃的なことを言おうとしたら、すぐに彼女を守れるよう、ずっと東条由貴さんの手を握っている。

(わたしが、ヒステリックに騒ぎ出すと思ってるのかな……)

自分がそうやって喚き立て、感情を爆発させる人間だったらどんなにいいかと思う。

やっぱりわたしたちは、互いのことがなにもわからないまま過ごしてきたのだ。

わたしは二人の話を遮ることなく、じっと聞いていた。
ショック、怒り、焦り、そして、羨望。
どれもが正解で、どれもが間違いだ。
わたしは、さっき感じた不思議な違和感の正体を知る。

(愛している人をとられた。そんなふうに思うべきなのに。何も感じない)

冷静な自分は、

(わたしにも、この人とこんな未来があったのだろうか)

と、そんなふうに考えていた。向かい側の二人の間には、恋心が確かに見えた。
それが、羨ましいような、悔しいような、どうにもわからない気持ちでいっぱいだ。

この人はわたしを一体なんだと思っていたのだろう。今になって、いろいろなことに符号が合う。何度かの朝帰り、電話の相手、そして、街中でなぜか出会ったこと。

(わたしたちのこれからについて、話し合いたい。前を向くために。って、まるで本物の道化師だ)

馬鹿すぎて笑える。

お腹を支える二人を見ながら、頭の中には終始『Blue』の演奏が流れていた。

(上月くん。……たすけて)

わたしは、心のどこかで彼の名を繰り返し呼んでいた。

たぶん、それもまた、彼と同じ罪なのかもしれない。