「それに私は、黒部医師が症状の説明をされた場に立ち会っていましたが、失礼ながら彼からは患者に対して真摯に向き合うという姿勢が感じられませんでした。」


「それは誤解です。」


「それはあの場にいた者が等しく感じたことです。私たちは彼を信頼できなかった、だからこそ城南大学病院ではなく、こちらでの手術を選択したんです。失礼ついでにもう1つ言えば、設備やリハビリの環境も、こちらに比べたら、そちらは遥かに劣る。あの時の転院という選択は間違っていなかったと、私は今でも思っています。」


「でも現実に、翔くんのケガはよくなってないじゃありませんか?」


「ええ、残念ながら。でもだからと言って、そちらの病院で手術を受けたとして、今よりいい結果が得られた保証なんかどこにもないですよね?むしろ逆の可能性の方が高いと思いますよ。」


沈黙する翔平の横で、未来と朱莉はやり合う。


「黒部先生の過去の手術実績はお持ちしました。是非、御覧になって下さい。それと黒部先生はどんな時でも患者さんに寄り添い、患者さんの為に身を粉にして、行動されるお医者さんです。それは先生の患者さんがみなさんおっしゃってることです。そして、それが医師という職業に就く方にとって、なによりも大切なことであり、また武器なんです。そんな先生の姿を見て、患者はその先生を信頼し、自らの身体をお預けできるんです。そのことは、誰よりも私が身をもって知っていることです。」


その言葉に、翔平はハッと未来の顔を見た。


「どちらにしても、それも観念論ですよね。藤牧さん、もう1つ現実的な話をします。今回の渡独は翔平が所属しているクラブチ-ムの指示です。それに逆らうという選択肢は翔平にはありえないことです。」


「渡独を遅らせていただくわけにはいきませんか?」


「既に全ての手はずが整っています。それを今更覆すことなんか不可能です、それだけの材料がありませんから。もしここで曖昧な理由で、渡独をキャンセルすれば、翔平の立場が危うくなるかもしれないんですよ。」


「翔くんが契約解除になるということですか?」


「そう。翔平は既に1年近く戦列を離れている。ケガだから仕方ないこととは言え、クラブに迷惑を掛けていることは事実です。これ以上クラブの心証を悪くすれば、不測の事態は十分に考えられることです。」


「そんなんで首切られるなら、そんなチ-ムはこっちから願い下げだよ。」


ここで翔平が口を開いた。


「翔平・・・。」


「翔くん・・・。」


その言葉に、驚いたように、2人は翔平を見た。