「で、でも、九条くんの意見も聞いたほうが……」
この男だって、私みたいな女と一緒に住みたくないだろう。
不本意だが自分から九条渚と目を合わせ、訴えてみる。
すると、形の良い唇は弧を描いた。
「俺はすごく助かります。家事全般兄貴に頼りきりだったんで」
なっ、そうじゃないでしょ。
今度はお母さんには見えない位置で人差し指をクロスし、バツのマークを作る。
それに一瞬目をやった九条渚は再び口を開いた。
「穂波先輩とは中学の頃からの知り合いなんで、仲良くやっていけそうです」
よ、よくもペラペラとそんなことが言えるわね?
私はバカにされてた印象しかないんですけど。
「あら、そうだったの?じゃあ、何も心配いらないわね」と笑うお母さん、「日向も仲良くするー!」楽しそうな弟。
ああ、もうだめだ。
何を言ってもこの話は覆らない。
「……わかった。だけど、先に言っておいてよ」
それなら他に何か対策を練れたのに。
「お父さんが話すって言ってたけど、聞かなかった?」
出張のことでお父さんと話したことといえば『穂波、お土産何がいい?』……お土産のことくらい。
はぁー、大事なことはちゃんと伝えてよ。
なんて今更言ったところで、もうどうにもならない。
私には、目の前で不敵な笑みをこぼすこの男との同居を受け入れる選択肢しかないのだから。