『これ……本当に甘味? なんか凄い色だけど……』
『うーん。大丈夫だと思うよ。まぁ、カリナが嘘つく理由もないし、騙されたと思って食べてみなよ』

 エアもこう言ってるし、確かにカリナがわざわざ私を騙すとは思えない。
 しかし、見た目は黒、自分で甘味を作る時に失敗したらできる色だ。

「いただきます!」

 意を決してまずはお皿の上に載っている黒い塊を指でつまみ、恐る恐る端だけかじりとる。
 もし変な味だったら困るから。

「……え!? なにこれ!?」

 思わず声が出た。
 その声に、カリナの右の眉が少し跳ねたのが見えた。

 想像していたものとは全く違った味。
 今までに味わったことの無い美味しさだった。
 
 甘い……だけじゃない。
 ほのかな苦味も感じるけれど、決して失敗したお菓子のような嫌な苦味じゃない。

 香りも豊かで、喉を過ぎた後も口の中に余韻が広がる。

 私は思わずカップの中に入った液体にも興味が出た。
 見た目はまるで今食べたものをドロドロに溶かしたよう。

 取っ手に指をかけて持ち上げると、かなりの熱を持っていることが分かる。
 カリナも言っていたけれど、これは温かい飲み物なのだ。

 カップの端に口をつけ、音を立てないように注意しながら少しだけ口に含む。
 途端に先ほど同様強い甘みと程よい苦味、そして香りが口いっぱいに広がった。

 さらに温かいおかげか、気持ちもほっとする。
 思わず口から吐息を放つ。

「美味しい!! ショコラって言ったっけ? 凄く美味しいよ!!」
「お気に召されたみたいで、嬉しい限りでございます」

 はしゃぎながら笑顔でカリナに言う。
 いつも微笑をたたえているカリナの笑みが心無しか強まったように見えた。

「ところで……カリナのお菓子はまだ来ないの? と言うか、座ったら?」
「いえ。わたくしはエリス様の付き添いですので」

「え? 食べないってこと? こんなに美味しいのに?」
「申し訳ありませんが、職務中ですから」

 私はじっとカリナの顔を見る。
 甘味大好き人間の私には分かる、カリナもこよなく甘い物を愛しているはずだ。

 なぜなら、目線が先ほどからこのお菓子や飲み物を追っているから。
 口元が若干動いているのも動かぬ、いや動く証拠だ。

「なるほどね。じゃあ、今の職務というのは私のお願いを聞くことよね?」
「左様でございます。何か他に入り用でしょうか?」

「ええ。すごく大事なものが今すぐに必要なの。これが無いと、せっかくの美味しいお菓子の味が半減するほどに」
「……と、言いますと? 申し訳ありません。どんなものが必要か具体的に指示願えますでしょうか。想像に及びません」

 カリナは少し困った顔をする。
 だけど私の続く言葉に目を見開いて驚きを顕にした。

「それはね。一緒にお菓子を食べながら、楽しくおしゃべりをするお友達よ。だってそうでしょう? こんなに美味しいものを一人で食べて、喜びを分かち合う人がいないなんて」
「まさか?」

「ええ。まさかよ。お願いするわね。そこに座って、私と同じものを食べて、一緒に楽しく語って欲しいの。このお菓子の美味しさをね」
「……承知致しました。大変恐縮ですが、ご同席させていただきます」

 そう言うとカリナは自分の分を注文するためにもう一度店員に声をかけにいき、そして少しすると戻ってきた。
 手には私と同じものが載せられている。

「うふふ。良かった。ねぇ。カリナは甘いものが好きなんでしょう?」
「……ええ。人並み以上には好むと思います」

「あ! だめだめ。楽しくおしゃべり、をする相手が欲しいんだから。その口調じゃ固すぎよ?」
「……しかし! さすがにそれは!!」

 確かにここで口調まで強要するのは酷と言う気がしてきた。
 もしかしたらそのうち軟化してくれるかもしれないと願いつつ、急がないことにした。

「ごめん。さすがに失礼だったね。許して。カリナの話しやすい言葉でいいから。でも、同じ甘い物好き同士、気を楽にして話してもらえると嬉しいな」
「分かりました……」

 私はカリナに笑顔を向けると、陽気な気持ちでもう一度塊の方を口にする。
 そしてカリナの方をもう一度見ると、何故かカリナは微動だにしなかった。

「どうしたの? 食べないの?」
「え、ええ……実は……わたくし甘い物には目がなくて。あの……食べている時は、少し普段と違った自分が出てしまうと言いますか……」

「……? えーっと、多分大丈夫だし、一緒に食べてって言ったのは私だから、気にしないで食べて? 本当に美味しいよ?」
「……では、申し訳ありません。失礼します」

 ようやくカリナはショコラの塊を指で上品に摘むと、口に含んだ。
 そして、次の瞬間、私はカリナの言った意味が理解できた。

 まさに恍惚(こうこつ)の表情。
 普段の笑みとは比べ物にならないほどの緩んだ顔付きで、カリナはショコラを時間をかけて味わっていた。

『わぁ。これは……エリス。また凄いの見つけちゃったね?』
『うん! これは……逸材だわ!』

 実は私は甘い物を食べるのが好きなのだけれど、甘い物を誰かに食べさせるのはもっと好きなのだ。
 もちろん食べさせる相手は、甘い物が好きであればあるほど良い。

 やっぱり好きな人の幸せそうな顔を見るのが一番だ。
 これはお世話になってる間に、是非とも色々な甘味を一緒に回らなくては。

「ねぇ。カリナ。あなた、とっても素敵よ」
「え?」

 笑みを浮かべながらそう伝える。
 その時カリナは不思議そうな顔をするだけだった。

 その後、私は念願の甘い物を味わったことと、美味しそうに食べるカリナと楽しい話に花を咲かせたことでとても晴れやかな気持ちだった。



「え? サルベー様が?」
「うん。亡くなったらしい。それで、喪にふくすために、しばらくこっちの国との国交を全部閉じるらしい。参ったな。これじゃあエリスを送ることができないし、エリスも戻れないんじゃないかな」

 屋敷に戻るとアベルが私に報せがあると部屋を訪ねてきた。
 その内容はサルベー様が病により亡くなったということだった。

 まさか国王が亡くなるなんて。
 最後に会った時に多少顔色が悪かったけれど、あんなに元気そうだったのに。

 ローザ様は何をしていたのだろうか。
 それともローザ様でも手の施しようがないほど悪化していたのだろうか。

 ところで変に思うのは、アベルが妙に嬉しそうなことだ。
 他国の王とはいえ、人が亡くなったことを喜んでるわけではさすがにないと思う。

 となると、私がまだしばらくこの屋敷から出ない、ということを喜んでるのだろうか。

『ねぇ、エア。アベルはそんなに私にここに残って欲しいのかな? やっぱり薬を作って欲しい気持ちが強いんだね』
『ああ……エリスはどうして……こう。まぁ、居て欲しいって気持ちは間違ってないと思うよ。ただ、理由はエリスの思ってることじゃないと思うけど」

 エアがまたよく分からないことを言う。
 いつもの事だからあまり気にはしないけれど。

 しかしこれでまだしばらくここにお世話になることになりそうだ。
 さすがにもう一度くらいはお返しに薬を作った方がいい気がしてきた。