「なんと……行方知れずとなったご両親を追って、我が国に向かう途中でしたとは。そうですか」

 主であるアベルがまだ目を覚まさないため、私は今後のために色々な話を聞いていた。
 相手は従者であるガルニエ。少し小太りの人の良さそうな顔をしたおじさんだ。

 ちなみにさすがに国を追われた聖女だと、会ったばかりの人にバカ正直に話す気にもならず、私は隣国に旅に出て帰らない両親を探している村娘、という設定にした。
 私の両親は既に他界しているため、問題になることはないだろう。

「しかし……本当に助かりました。使っていただいた薬の代金は、必ず当ハーミット商会が支払わせていただきますので……」
「あ、本当にいいんです! 私もたまたま手に入れた薬だったので! あんなすごい効果の薬、逆に使い道なかったので。役に立てて良かったです!」

 私は聖女だということも秘密にするために、村の薬師だと嘘をついた。
 ちなみにアベルに使った薬は、村を訪れた凄腕の薬師が一宿一飯の礼にと置いていったものだと言っておいた。

 同じものを作れと言われたら困るからだ。
 我ながら陳腐な嘘だと思うけれど、ガルニエは人がいいのか、少しも疑っていないようだ。

「ところで……錬金術師というのはなんなんですか? 私の国では聞いたことの無い単語ですが」
「なんと!? えーっと、この世に精霊が存在し、精霊たちは私たち生き物に力を貸し与えてくれるというのはご存じですか?」

「え、ええ。私の国ではその力を精霊力と呼んでいます」
「ええ! まさに! その精霊力を用いて、様々な奇跡の御業と呼べるような道具や薬などを作り上げる御方、それが錬金術師様です。私どもの商会でもいくつか取扱いが」

 精霊力を道具や薬に?
 そんなことが出来るなんて知らなかった。

 そう思いながら、私は横目でエアの方を見た。

『だって。聞かなかったろう? 言ったでしょ。聞かれたことは答えるけれど、聞かれてないことは答えないって』

 突然、頭の中にエアの声が響いた。
 私は驚いて顔もエアの方に向けてしまう。

『エリスも声に出さずに頭で考えるだけでいいよ。隠すんだろ? 僕のこと』
『あ、なるほどね。ありがとう。でも、後で教えてね』

 前から知っていたことだけど、エアはおそらく人が知らないことですら知っているほどの知識を持つ。
 だけど向こうから積極的に教えてくれることはほとんどない。

 エアの言葉を借りると、全てを教えたら人の生などとてもじゃないけれど足りない、ということらしい。
 あとは、精霊は自ら努力する人を好む、とも言っていた。

 幸い私はエアからまだ見放されていないけれど、精霊は気まぐれで、気に食わないことがあると離れて行ってしまうこともあるのだとか。
 私もそうならないように気をつけないと。

 生まれた時から一緒にいる、今となっては唯一の家族だから。

「しかし……アベル様。なかなかお目覚めになりませんな」
「そうですね。顔色もいいですし、問題ないと思うのですが」

「ここをもう少し行くと国境の駐屯地があるのですが……そこへ行ければ人も呼んで来られるのですがね……」
「あ。なら、私がこの方を見ていましょうか? 私が行ってもいいですが、この辺りは不慣れなのと。それに身元がはっきりしない私よりもガルニエさんの方がいいかと」

 私の提案に、ガルニエは手を顎に当て少し考えるような仕草をする。
 しかしそれがいいと思い至ったのか、私の提案を受け入れた。

「そうですね。この辺りは危険も少ないでしょうし。アベル様のこと、くれぐれも頼みましたよ」
「ええ。お気を付けて」

 私に一度会釈をすると、先にあると言う駐屯地まで走り始めた。
 体格の割に意外と身軽だなと思ってしまう。

「それにしても全然起きないわね。大丈夫なのかな?」
「大丈夫だよ。むしろ以前より健康になったくらいじゃない? この人ちょっと無理しすぎてるみたいだね。起きないのは単純に寝不足なだけ」

 ガルニエが居なくなったので私は声を出してエアと話す。
 やっぱりこっちの方が慣れていて話しやすい。

「うーん。寝不足ねぇ。それにしても綺麗な人よねぇ」

 そう言いながら、私は未だに目を覚まさないアベルの顔に私の顔を覗き込むように近付け、まじまじと見つめてしまう。
 閉じた瞼の隙間からは、長く真っ直ぐな黒いまつ毛が覗いている。

 私のおかげで血色を取り戻したその顔は、シミひとつない肌をしていて、滑らかだ。
 艶のある黒髪は、転んだせいで今は乱れているものの、身だしなみに気を遣っているのが分かるように、綺麗に刈り揃えられていた。

 きっと目を開けると、そこには綺麗な瞳があるのだろうなと、思いながら見つめていると、突然その瞳が大きく開いた。
 ちょうど目線を瞼の上に置いていたおかげで、アベルの漆黒の、全てを吸い込んでしまいそうな深い瞳と、私の目が合う。

 慌てて私は覆い被さるようにしていた身体を仰け反らせ、アベルから身を引いた。
 顔に血が上り、火照っているのが分かる。

「これは……すいません。どなたでしょうか? ガルニエは?」

 身体を起こしながら辺りを見渡し状況を確認しようとするアベル。
 そんなアベルの声は、透き通った耳当たりの良い響きをしていた。

「私はエリス。ガルニエさんは、助けを呼びにこの先の駐屯地まで向かったところです」
「駐屯地へ……? ああ。そういえば、突然馬車が倒れて……あれ? 酷い怪我をしていたはずだが……」

 アベルは先ほど自分の身に起こったことを思い出したらしく、手足を見つめた。
 大きな手のひらと長く細い指に、私も自然と目がいった。

「怪我は私が治しました。たまたま通りかかっただけですが、元気になったみたいで良かったです」
「おお! そうでしたか! なんとお礼を言えばいいか。すいません。今買い付けを行ったばかりで持ち合わせがなくて。ガルニエが戻ったら、一緒に街までご同行願えませんか? 商会に帰ればその時にお礼を」

 私は少し悩んだけれど、このまま一人で街を目指すよりもその方が早いと思い立ち、アベルの提案を快く受け入れることにした。