なかなか言葉が見つからず、押し黙る。
取り繕う返答を必死で探すが、頭に浮かぶのは忘れかけていた苦い記憶と、「ついに奪う側になってしまった」という感情だけだ。
押し黙るわたしを不審に思ったケイさんが「キコちゃん、大丈夫?」と訊ねたけれど、うまく返答できない。
「あの、えと、はい、だいじょうぶです、大丈夫です」と上擦った声に、ケイさんも察したようだった。
「ええと、もしかしてキコちゃん、そもそもふたりが夫婦だって、知らなかった……?」
「……はい」
「あー……それは、まずいなあ。オレまずいこと言っちゃったなあ。てっきりユキトさんが話しているのだとばかり……ごめんキコちゃん、一旦持ち帰らせて。検討して対応するね」
そう言って電話が切れ、わたしは黙って、この数ヶ月を思い出す。勘は良いほうだから、もっと早くに気付けたかもしれない。
そもそも香代乃さんとケイさんが公私ともに良いパートナーだと、恋人関係だと、わたしが勝手に思い込んでいただけだ。ふたりは明言していない。
香代乃さんは末永さんを「大事な存在」だと言った。末永さんの心がズタボロなのに、香代乃さんでは癒せないからわたしに託す、と。
決して身体の関係を持てと言ったわけではない。一緒に本を読んだり映画を観たり食事をとったりして、心を解してくれ、と。
それをあの夜、わたしが誘った。家まで送ると言った末永さんに歩み寄り、本能に従って彼を求めた。
それは香代乃さんから頼まれたことではない。
それにやけにさっぱりした末永さんの自宅マンション。彼は「何年か前まで同居人がいた」と言った。それは恐らく香代乃さんのことだ。広くて綺麗な2LDKの部屋は、夫婦で暮らしていたとしたら何も不自然ではない。
香代乃さんが部屋を出て行った原因があったのなら、それは半ば諦めかけていたというEDが考えられる。
夫婦では解決できず、一旦別居の形をとっていたのではないだろうか。
そして夫婦であることを隠していた末永さんと香代乃さんは、夫婦として、香代乃さんの実家に行った。
知らなかったでは済まされない。わたしは、かつてあれほど嫌悪した、奪う側になってしまっていたのだ。