玄関のドアを開けるとそこには向井さんの姿。
「やっぱり………いた。」
向井さんは傷だらけの私をそっと抱きしめてくれた。
恋しかったぬくもりに
涙が溢れる。
「怖かっただろう?もう大丈夫。」
向井さんは私の髪を撫でる。
『どうしてここが……分かったの??』
涙で滲んだ視界の中
私は向井さんの姿だけをやきつけた。
「美沙ちゃんから電話であんなこと言われて、すぐに彼が関わっているって分かった。店長に頼んで美沙ちゃんが店に登録してた住所を教えてもらったんだ。」
そっか。
仕事先にはまだ
りょうと住んでいたままの住所が登録されてある。
向井さんは、私がりょうにつかまってしまったことを察して
命がけでここに来てくれたんだね。
「どうして戻ったりなんかしたんだよ?」
向井さんは愛しい目で私を見つめた。
『携帯を変える前に電話があって……俺も引っ越すから最後に荷物取りにおいでって言われたの…。』
信じた私がバカだった…
ごめんなさい。向井さん。
「騙されたのか…。またヒドイことされたみたいだな。許せない。」
私のおでこにある傷に触れる向井さんの手。
「店のみんなも、急に美沙ちゃんがいなくなって心配してる。早くここから逃げよう。」
向井さんは私の手を握って引っ張った。
『待って!!!………だめだよ。もしりょうに見つかったら次は何されるかわからない。』
「何言ってるんだよ。美沙ちゃん、こんなの間違ってる。逃げるんだ。」
『だって……りょうは私が向井さんと付き合ってることも、向井さんの家も知ってる………見つかったら向井さんが何かされる!!!』
私は泣きながら言った。
「美沙ちゃん……俺は美沙ちゃんがいれば何も怖くないよ。もう……離れたくない。」
空を飛べる気がした
向井さんさえいれば
何も怖くない気がした…
「美沙ちゃん…帰ろう。君の居場所はここじゃない。言っただろ、ずっと一緒にいようって。」
私は向井さんの手をしっかり握って
逃げだした。
ずっと心配がる私を気遣ってか、
向井さんは引っ越しを提案してくれた。
店長にも私の事情を一緒に説明してくれて
店長も
無事でよかった、と言ってくれた。
それからしばらくして私たち2人は
別々の支店に移動になった。
これからは同じ店では働けないけど、新しく住み始めた同じ家に帰る。
もう離れたくないよ。
もう離れたりしない。
私はしっかり翼を広げて
向井さんと空を飛びまわっているような
自由な気持ちになった。
新しい携帯を買った。
1番に電話帳に登録したのはもちろん向井さん。
両親を失ってからずっと1人だった私には、向井さんだけが新しい家族なんだ。
移動になった支店での仕事にも慣れた。
人間関係も楽しくて
家に帰れば向井さんと平和な時間を過ごした。
あれから、りょうとは何の関わりもなくなった。
りょうはもしかしたら
私たちを探しまわっているかもしれない。
もし、りょうが諦めてくれなかったら
いつか見つかってしまうんじゃないかって
怖くなることもある。
知らない番号から電話があればドキッとした。
登録していない仕事関係の人からの電話だったんだけど…。
些細なことにまだビクビクしてる私。
そんな私に追い討ちをかけるように新たな不安が芽生えた。
新しい家に住み始めて1ヶ月が過ぎた、ある夜。
「美沙ちゃん、こっちおいでよ。」
お風呂から出た私を呼ぶ向井さんはカーペットの床の上に足を広げて座っている。
恥ずかしがりながら
向井さんの前に座ると
後ろからぎゅっと抱きしめられる。
『向井さんごめんね?』
向井さんは不思議な顔で後ろから私を覗きこんだ。
『私のせいで、向井さんまで一緒に店移動になって。引っ越しまでしてくれて…』
俯く私。
「美沙ちゃん、顔をあげて。俺は何も気にしてない。美沙ちゃんがいるから幸せだよ。」
私が顔だけ振り向くと、向井さんは笑っていた。
『私も…幸せだよ。』
向井さんは顔を近づける。
向井さんのキスは優しくて…
心地よい。
だけど
ふと、りょうに乱暴にされたことが頭に蘇って
私は唇を自分から離してしまった。
驚いた顔で向井さんは私を見ている。
「ごめん…嫌だった…?」
私は慌てて首をふった。
違う………違うの……
『そうじゃないの………。』
「どうした?」
向井さんは困った顔をしている。
言わなきゃ……
『実は…あの時………私があの家に戻った時……無理矢理………』
向井さんは今にも泣き出しそうな私を見て
私が言いたいことを分かったようだった。
ごめんね
きっと向井さんだってショックだよね
ショックなはずなのに
向井さんは私を抱きしめてくれた。
「大丈夫。もう何も言わなくていいから…」
ごめんね
いっぱい傷つけてるね
ごめんなさい
私は何度も謝りながら向井さんの胸で泣いた。
『生理が………来ないの……』
私の言葉に向井さんは動揺していた。
絶対…ショックだよね…
「本当に…?」
『うん……本当にごめんなさい。』
「謝らなくていいよ。美沙ちゃんは何も悪くない。明日ちゃんと病院に行って診てもらおう。」
私が向井さんだったら嫌だよ
自分の彼女のお腹に
自分以外の人との命があったら…
絶対ショック…
それなのに向井さんは、謝るたびに私を許してくれた。
不安な気持ちを抱えながら、悲しい気持ちを必死に耐えながら
私は向井さんの胸の中で眠った。
次の日
向井さんと一緒に産婦人科に向かった。
待ち合い室には
お腹が大きくなった女性が何人かいて、
なんか複雑な気持ちだった。
向井さんとの子だったら
この場所へ来る気持ちも絶対に違っていたはずなのに…
不安が広がる。
『ここで待ってて。』
「でも………」
向井さんは一緒に診察室に入ると言ったけど、
私は1人で入った。
怖い……怖い…
もし、りょうとの命がお腹に芽生えていたら………
考えるだけで切なくなってどうしようもなかった。
ただ不安で
平気ではいられなかった。
診察室に入った私の心臓は
さらに高い音を立てた。
そんな私が聞いた衝撃の言葉。
「妊娠はされていませんよ。」
……………え!?
『えっ…………あの……。』
「ただの生理不順ですね。精神的に辛いこととか、何か変わったことはありませんでしたか?」
『ああ………』
私はただ驚いて、不安から解放された気分になって
うまく話せなかった。
「気持ちが不安定になると生理が遅れることもあります。一応、改善できる薬出しておきますね。」
診察室から出てきた私の言葉を聞いて
向井さんは
安堵したように笑った。
でもその後に
「もし妊娠していても、俺は産んでもらうつもりだったよ。俺の子じゃなくても、美沙ちゃんの子に変わりはないから。」
って言ってくれたんだ。
涙が出そうになった。
向井さんに出会えてよかった。
心からそう思ったんだ。