その音に気付き
部屋に入ってきたりょうは
私よりも先に携帯を手に取った。
「あいつから電話だ。」
りょうは嫌そうな顔でそう言うと
携帯を私に渡した。
「いいな?別れるって言え。もう二度と会わないって。」
『え…?』
「俺があいつを殺してもいいのか?ちゃんと別れるって言えよ。」
手の中で鳴り続ける電話。
大好きな人からの電話なのに
こんなに悔しくて悲しくて
涙が出てしまう。
会いたいよ
帰りたい
でも巻き込みたくない。
あんなに良い人を…傷つけたくない………
あなたを守るためなら………
私はりょうが目の前にいることを恐れながら電話に出た。
「あっ、もしもし?美沙ちゃん??今どこにいるの??今日…仕事来なかったからみんな心配してたんだよ。なんかあった??」
向井さんの優しい声に
涙が止まらない
「美沙ちゃん?具合でも悪いのか?今…どこ…??」
ごめんね
向井さん。
今すぐあなたの元へ飛んでいきたい
だけど
あなたを守りたい
『向井さん、私もう向井さんとは別れる。』
いやだ
別れたくない
「え…?美沙ちゃん……嘘だろ?なんかあったんだろ?なあ、どうしたんだよ?」
昨日結ばれたばかりの私たちが
普通、こんな会話しない。
向井さんだっておかしいと思ってる。
『もう嫌になったの。帰らないから!さよなら。』
「ちょっと待って!!あいつか??あいつに脅されてるんだろ!?」
向井さん…
どうしてわかるの??
必死になる向井さんの声を聞いていたら
そうだよって頷きたくなる。
助けてって言いたくなるじゃない。
りょうの方をチラッと見ると、
ものすごく恐ろしい目つきで私を見ていた。
やっぱり…助けてなんて言えない。
向井さんを巻き込みたくない。
今のりょうはキレたら何をするかわからないから。
『違うよ。本当にもう向井さんとは付き合えないって思ったの。』
思ってもない言葉を適当に並べるのは、すごく悲しいことだった。
最初から
1人で何とかするべきだった?
そしたら、向井さんに迷惑をかけることも
こんなに辛い思いをすることもなかったのに…
だけど、もし向井さんに頼っていなかったら
助けられてなかったら
あんなに温かい愛を知ることもなかったね。
ごめんね…向井さん
こんな形でしか、あなたを守れない私を許して。
電話を切った後も何度も向井さんはかけなおしてきていた。
出たい
電話に出たい
きっとすごく心配してる
「電源、切れよ。」
りょうに言われて私は鳴り続ける携帯を切った。
「俺が預かっておく。もうこれから誰とも連絡取るんじゃねーぞ。仕事にも行くな。」
『え!?』
「俺が仕事に行ってる間に外に出たら、どうなるか分かってんだろうな?」
どうなるか……
なんて分かる…
りょうの言うことを聞かなかったら
私が1人で逃げようと
向井さんの元へ行こうと
どっちにしろ向井さんを巻き込むに違いない
私はりょうの命令に従うしかなかった
向井さんを巻き込みたくない
それだけしか考えられなくて…
私は
籠の中の鳥になったみたいに
毎日、辛い日々を送った。
りょうがいない昼間、外に出られない生活は
なんの面白みもなかった。
家の中で掃除や洗濯をして、
誰とも繋がりのない時間を過ごす。
夕飯の買い物行くときは、りょうに連絡してから行かなくてはいけない。
1時間以内に帰ってこないと、怒られる。
こんな生活が始まって1週間が経った。
小さなことで手をあげるりょうは変わっていなくて
私の身体にもまたいくつか傷が増えた。
掃除を終えて
窓から空を見る。
私がいるこの場所とは違って、空には笑っているかのように太陽が照っていた。
電線の上にとまり、
すぐに飛んでいった鳥。
向井さん、あなたは今どうしてる?
まだ私を心配してるかな。
嘘であっても
電話でいきなり、ヒドイ別れを告げた私を許してね。
会いたいよ
せっかく幸せな時間が始まっていたのにね。
なんで、りょうの言葉を信じて荷物なんか取りに来てしまったんだろう。
向井さん
私はあなたと結ばれたあのぬくもりを忘れたくないよ。
私ね、
あの鳥みたいに
この空を飛んで向井さんの元へ行けたらって思うよ。
もし、そんなことができたなら
一緒にどこか遠くへ…
涙が頬を伝った。
会いたい
会いたい
向井さんの声が聞きたい
向井さんに触れたい
あの優しい手に触れられたい
抱きしめてもらいたい
ぎゅって…
もう何の痛みも感じられないくらい強く
向井さんに包まれたい
そして甘く優しいキスをしてほしい
ここから飛び立ってしまえたらいいのに…
逃げたい
だけどりょうが向井さんに被害を与えることを考えたら
動けなかった。
―――ピンポーン
インターホンが鳴った。
りょうには
誰か来ても出るなって言われている。
私は玄関には向かわず
リビングの床に座った。
何度も鳴るインターホン。
「美沙ちゃん!!!いるんだろ!?開けて!!」
ドアを叩く音
この声は
向井さん。
「美沙ちゃん!!!俺だよ!!」
私はずっと聞きたかったその声に
すぐに立ち上がり
玄関へ向かった。
向井さん
向井さん
ダメだよ
もし、りょうがここにいたら
どうしてたの?
危ないよ
玄関のドアを開けるとそこには向井さんの姿。
「やっぱり………いた。」
向井さんは傷だらけの私をそっと抱きしめてくれた。
恋しかったぬくもりに
涙が溢れる。
「怖かっただろう?もう大丈夫。」
向井さんは私の髪を撫でる。
『どうしてここが……分かったの??』
涙で滲んだ視界の中
私は向井さんの姿だけをやきつけた。
「美沙ちゃんから電話であんなこと言われて、すぐに彼が関わっているって分かった。店長に頼んで美沙ちゃんが店に登録してた住所を教えてもらったんだ。」
そっか。
仕事先にはまだ
りょうと住んでいたままの住所が登録されてある。
向井さんは、私がりょうにつかまってしまったことを察して
命がけでここに来てくれたんだね。
「どうして戻ったりなんかしたんだよ?」
向井さんは愛しい目で私を見つめた。
『携帯を変える前に電話があって……俺も引っ越すから最後に荷物取りにおいでって言われたの…。』
信じた私がバカだった…
ごめんなさい。向井さん。
「騙されたのか…。またヒドイことされたみたいだな。許せない。」
私のおでこにある傷に触れる向井さんの手。
「店のみんなも、急に美沙ちゃんがいなくなって心配してる。早くここから逃げよう。」
向井さんは私の手を握って引っ張った。
『待って!!!………だめだよ。もしりょうに見つかったら次は何されるかわからない。』
「何言ってるんだよ。美沙ちゃん、こんなの間違ってる。逃げるんだ。」
『だって……りょうは私が向井さんと付き合ってることも、向井さんの家も知ってる………見つかったら向井さんが何かされる!!!』
私は泣きながら言った。