もしも、私の背中に翼があったなら。(短編)



「他には?」



向井さんは私から目をそらさずに、全てを聞いてくれた。




帰りが少し遅くなっただけでぶたれたこと

鞄の中身や携帯をチェックされたこと

写真を破られたこと






でも、向井さんの名前があがっていたことは


言わなかった。






「ヒドイな。高野さん、これってたぶんDVってやつだよ。」



『DV?』

聞いたことがある。



ドメスティックバイオレンス……





「高野さんが付き合ってる彼のことを、悪く言うつもりはない。だけど…そういうのって簡単になおらないと思う。」




私はりょうを信じたかった。


りょうにされたヒドイことの全てを、なんとか自分に理由をつけて

認めたくなかった。





だけど、確かに

私はりょうにDVと言えるようなことをされていると思う。





「きっとエスカレートする一方だよ。早く別れた方がいい。」







りょうと別れるなんて

考えたこともなかった。


ずっと1人で寂しかった私が

見つけた居場所。





離れることや
なくなることが怖かったんだ。




「俺だったら、なにがあっても絶対そんなことしない。」





向井さんは私の方をチラっと見る。


目が合ってあまりにも真っ直ぐな瞳に

少しドキっとしてしまった。





「今日は…ひとまず泊まっていきなよ。」


『えっそんな、いいです!泊まるだなんて…』



「財布も持ってきてないんでしょ?今日はとにかく戻らない方がいい。俺はソファで寝るから。」






向井さんはそう言って


私を泊めてくれた。





お風呂あがりの薄着の長袖にスウェット姿で飛び出してきた私に




向井さんはパーカーを貸してくれた。






何もないとは言え


向井さんがいつも寝ているベッドで寝るのは


ちょっと複雑な気分だった。


りょうは今………どうしてる?





朝、目が覚めると

いつも起きる時間をとっくに過ぎてしまっていた。



『もう昼前……』





私は慌てて起き上がり部屋の扉を開けた。






リビングには向井さんがいない代わりに置き手紙と合鍵があった。



“今日は俺の家でゆっくりしといた方がいいよ。
店長には俺から休みだって言っておくから。
もし出かけることがあるなら、合鍵使っていいからね。
食べられそうだったら、食べてね。”



テーブルの上には
スクランブルエッグやサラダが置かれていた。





向井さんはどこまで優しい人なんだろう……


嬉しくて涙が出た。




りょうがいる家に帰らず、彼氏以外の男の人の優しさに
甘えて頼ってしまった自分。


ずっと向井さんといられたら、とよからぬ理想を描く気持ちと
りょうへの申し訳ない気持ちが

交互に押し寄せた。





用意されていたご飯を残さず食べて、
食器を洗い終えたあと

私は

マンションを出た。






りょうは…今日も仕事に行ってるだろうか。



行ってるよね。




昨日私が帰らなくて、どう思った?






家に戻る途中、向井さんにメールを送った。


“合鍵、ポストの中に入れて置きます。本当にありがとうございました。”







間違いなく向井さんは
仕事中なので、このメールに気づくのは夜だと思う。







もちろん、
戻ってりょうとまたやっていくつもりじゃない。

昨日向井さんは言った。


早く別れた方がいいって。



私もそうだと思う。





りょう、

ずっと付き合い出した頃のままでいよう、なんて難しいのかもしれない。


付き合っていればすれ違いや喧嘩があって当たり前だと思う。





でも

りょうは人が変わった。
私が好きなりょうはもういない……


最近のりょうの行動は

すれ違いや喧嘩からうまれるものじゃないと思う。


私の決断は…間違ってる?







りょうとは別れたくなかった。

私が初めて見つけた居場所だった。




ずっと一緒に居たかったんだよ、りょう。



でも、また昨日みたいになったら私はどんどんりょうを嫌いになってしまう。



りょうとの楽しかった思い出や、りょうがくれたたくさんのぬくもりが消えてしまわないうちに


終わりにしよう。


直接別れ話をしたら、きっとりょうはまた昨日のようになる。







卑怯かもしれないけど

こうするしかないんだ。




私は荷物をまとめて、置き手紙1枚で

りょうと別れるつもりだった。







家に着き、中に入ると



仕事に行っているはずのりょうがリビングで眠っていた。







一気に心臓が騒ぎだす。






もしかして

一晩中



私が帰ってくるのを待ってたの?








どうしよう…



荷物を全部まとめていたら

りょうは起きてしまう。







私はりょうが起きないように、静かに最低限必要な物を鞄に詰め込んだ。









「美沙。」






飛び上がるほどびっくりして

後ろを振り返ると


りょうがすぐそこに立っていた。





「お前……何してんの?」






『…りょう…あのね、』



「昨日どこ行ってたんだよ、なあ!」





りょうは私が持っている鞄を床に投げつけた。



『りょう…話を聞いて。』




「話?俺は昨日どこ行ってたのかを聞いてんだよ。」




怖い


また殴られる






『りょうお願い!…………もう嫌なの。怖いの。お願いだから、別れてください。』





「別れる?何言ってんだよ!!!」





『きゃあ!!!!』








りょうは無理やり私を床に押し倒した。




『りょう、何すんの??やめてっ…!』





強引に両手を押さえつけられて


動けない。



「別れるなんてふざけたこと言ってんじゃねーよ。」







『嫌だっ……りょう!!』






何度も抵抗した




だけどりょうの力には、かなわなくて






『りょう!!!やだっ!!』







りょうは嫌がる私の服を強引に脱がせた。






怖いっ



怖いっ



やめて!!!





目の前にいるりょうが知らない人に思えて

怖くて、涙が溢れ出した







その時、私の携帯の着信音が鳴った。






りょうは一瞬動きを止め、

鞄からはみでる

私の携帯に手を伸ばした。







私は力が緩んだりょうを振り払い起き上がった。





『返してっ…!!』






携帯を奪い返して
鞄を持って



焦るように急いで玄関へ向かう。






鳴り続ける携帯のディスプレイには“向井さん”の文字。







「おい!!待て!!」



りょうが玄関まで追いかけてきて、

私は出られない。




「お前、そいつんところに行くんだろ!!!!絶対行かせねーからな!!」




りょうは無理やり私の手を掴む。



「離して!!!!やだ!!」




私はりょうの手を夢中で振り払って

裸足のまま家を出た。






早く




早く





早く逃げなきゃ









夢中で走った。






どこへ向かってるかも理解できていないまま



ただひたすらに逃げた。






怖くて…震えが止まらなかった。







何度も鳴り続ける携帯。






『……はあ……はあ…向…………井さん…』




「高野さん!?家に戻ったのか??メール見て戻ったんじゃないかって心配になったんだ。」






『…ごめんなさい……別れるつもりで……荷物をとりに戻ったんです…』





「大丈夫なの??」




『はい…………なんとか。』







私は結局


また向井さんの家に

戻ることになった。







夜、早めに仕事を終わらせて帰ってきてくれた向井さん。



リビングに座る私を見て

ホッとしたようにため息をもらした。