「そ、そういえば明日、午前で授業が終わりなんだ!!」


頑張って絞り出してくれたんだろう。
振られた話題に「そうなんだ」と反応してあげる。


「それでね、雪杜くんの授業が終わるまで図書室で勉強してようかなって」


少しでも一緒にいたいと思っているのが伝わってくる。
先輩の言葉は、ダイレクトに言われるよりよっぽど感じさせるといつも思うよ。


「でも、頑張りすぎじゃない? 明日くらい休んだほういいよ」


タマキ先輩にはああ言われていたけど、先輩はちゃんと頑張っている。
……いや、タマキ先輩もそれくらいわかってるか。
むしろあの人が心配してるのは花暖先輩じゃなくて、俺の方。


「明日休んだら土日でしょ。その2日間で急成長したところ、月曜日に見せて」


多分、花暖先輩もさすがに気付いただろうな。
「家に来ないで」という別の意味も含まれていることに。

気を遣ってくれているんだろうか、思ったよりも元気に「うん!!」と返事をされる。

やけに聞き分けがいいので「また何か企んでいるのか?」と疑いそうになるが、今はそれがありがたいので何も言わないでおいた。

あいつが家に来るくらいでなんの嫌がらせになるんだろうと感じていたが、甘かったようだ。

先輩と過ごせるはずの時間を、先輩のためにあてられるはずの時間を俺から奪うのが本当の目的だった。


――『雪杜の出来損ない』


染みついた言葉が、染みついた声で何度も頭の中で(こだま)する。

懐かしくも重い感情に支配されそうになって、繋いでいる手をきゅっと握った。

すぐに握り返してもらえるのが嬉しい。

2人で他愛のない話をして、今のこの時間を惜しむみたいにゆっくり歩いて帰った。