最初の文字は、『す』で、次に『き』が続く。そんなわけがないと頭では分かっているのに、鼓動が速くなる。

 矛盾の期待の横で、なめらかに動く手が『だ』を綴った。ゆっくりと向けられる視線に、思わず息が止まる。

「好きだと春は冬に告げる」
「えっ?」
「読んだよ。前に教えてくれた本。あれは、泣けるね」
「あっ、好きだと……そ、そうなの! ラストの部分とか最初と繋がってて、伏線が回収されてくところがもう……」

 前のめりで口を動かしながら、恥ずかしさが込み上げてくる。

〝好きだと春は冬に告げる〟は、宮凪くんに薦めた小説のタイトルだ。早とちりしなくてよかった。
 まだ続ける感想を聞きながら、宮凪くんは笑って頷く。意識していたことを気づかれないように、必死だ。

 止まらない唇に、そっと人差し指が当てられた。目が合ったまま、私はプシューッと空気の抜けた風船のように静かになる。

 トクトクと心地よい音が流れて、呼吸が苦しい。耳元に響く声が、まるで魔法の呪文みたいに聞こえた。

「……蛍、ありがと」

 すきだと書きかけの文字の上に、ふたつの影が重なっている。まるで口づけを交わしているような姿は、瞬きの間に離れた。