「これから(うち)でカラオケするんだけど、栗山さんもどう?」

 下校の支度をしているところに、後ろから声がして思わず固まる。はつらつとしたよく通る声は、クラスのムードメーカーである真木(まき)一花(いちか)さんだ。

 教室に残っている何人かに話しかけていて、あとは私だけ。少しドキドキしながら、誘われるのを待っていた。

「す……」

 名前を言いかけたところで、「春原さんはカラオケとか苦手なんじゃない?」と他の子の言葉が重なる。
 気を遣わせるだけだと促された真木さんは、そのままクラスメイトと帰って行った。


「……そんなこと、ないんだけどな」

 カバンを握る手に力が入る。
 自分も行きたいと言い出せなかったことが情けなくて、また心に小さな言い訳を積らせた。

 誘われても、人前で歌う勇気なんてないくせに。ノリの悪い子だと思われなくて、よかったじゃない。

 文字ではスラスラと書ける会話も、声にするのは難しい。
 ずり落ちていく重いカバンを持ち直して、一人残された教室を後にした。