「……え?」
「あの時、指名しようか迷ったんだよね。みんな自分の許容範囲ってのがあるから、無理しない方がいいよ。春原さんって、やっぱ優しいね」

 予想外に褒められて、胸がそわそわする。
 どうしよう、すごく嬉しい。女の子とこれほど話せたことに対しても、真木さんが見ていてくれたことも、全て。

「でさ、本題なんだけど」

 さっきまでより少しトーンが低くなって、真木さんに腕を引かれた。一変したクールな面持ちに、ぐらりと心臓が揺れる。

 人の波を避けるように、華やかな店の前を過ぎ去っていく。次第に駆け足になって、入り組む道が迷路に見えた。

 黙ってついていくしかない私は、小さく吐息を漏らすだけ。なにも聞けないまま、裏の路地奥へ辿り着く。

 真木さんの足が止まったところで、やっと声が出た。

「あ、あの……」

 シッと人差し指を立てて、壁の向こう側を気にしている。そこに誰かいるらしい。
 見てと合図されて、話し声のする方をそっと覗き込む。

 どくん、と心臓を貫かれたような衝動に、一瞬動けなくなった。

 タトゥーの入った手で煙草をふかす少年の隣に、見慣れたアッシュの髪がある。さらりと髪をかき上げたのは、宮凪くんだ。

 周りは高校生らしき人ばかりで、一人女の子も混じっている。薄暗い場所に身を隠す吸血鬼のように、彼らは闇のオーラをまとっていた。