「私の方こそ、ありがとう。すごく、非日常的な……一日でした」

 とっさに頭を下げた。経験したことのない時間を過せた感動と、淡い気持ちを教えてくれたことに感謝して。

「私でよければ、また、協力させてね」

 素直に会いたいと言ったらいいのに。恥ずかしくて言葉に出来ない。そんな自分が情けなくて、嫌いだ。

 夜風の吹く音だけが耳に響く。黙ったままの宮凪くんが、一歩前へ出て。

「じゃあ、最後にもうひとつ。わがまま言っていい?」

 肩に乗る手と、ゆっくり重なる影。目と鼻の先にある整った顔に、思わずギュッと目を瞑る。

 うわ、うわ……そんな、いきなり。ど、どうしたらいいの。息はしていていいの? 口は閉じたままま?

 心の準備が、まだ──。


 氷みたいに固まった頬に、柔らかな感触が降ってくる。
 唇じゃなくてホッとしたような、残念のような。複雑な感情が入り混じっていた。

 深く関わらないと決めていたのに、宮凪くんからどんどん抜け出せなくなっていく。